52 / 114
第8話 炎珠ご主人の謎の性癖・3
「まあな。あいつとはガキの頃からの付き合いだし」
少し困ったように笑って、刹が背後のソファに寄り掛かる。
「幼馴染なんですね」
「同じ施設で育ったんだよ。俺ら二人共、血の繋がった身内ってのがいねえ」
「え……」
予想もしていなかった刹の言葉に、俺の心臓が一瞬大きく高鳴った。
「ガキの頃の炎珠は『可愛い』って言葉に過剰に反応してたよ。一度も親から言われたことがねえからか、その言葉が最大の愛情だと思ってるらしくてな」
「………」
「独りよがりで暴走しがちな考え方だけど、あいつの『可愛い』は『好き・愛してる・大事だぞ』が全部詰まってる」
俺は持っていたワンピースを強く掴み、炎珠さんの俺を見た時の笑顔を思い返していた。
いつもニコニコしながら言っていた「可愛いよ」。──そんなに大切な意味が込められていたなんて、ちっとも知らなかった。
「小学五年くらいの時に引き取られた家が結構な金持ちだったから、これまで生きるのに苦労はしてこなかったが。流石に小五の男児にぬいぐるみだのふわふわだのは与えないだろ。あいつは自分が貰えなかった『可愛い』を与えられる対象をずっと探してた」
「俺、……なのに俺、炎珠さんの『可愛い』を否定してしまって……」
「知らなかったんだから仕方ねえよ。理解してても炎珠の趣味に一から十まで付き合ってられねえだろうし」
刹自身も子供の頃、公園で炎珠さんから花冠を乗せられて「可愛い」と言われていたのだという。その時の炎珠さんは本当に満ち足りた顔で、笑顔の裏にどこかホッとした表情を覗かせていたらしい。
自分が言って貰えなかった言葉を与えることで、きっと炎珠さん自身の心のバランスも保たれていたのかもしれない。
彼は、単なる「変わった人」じゃなかったんだ。
「………」
俺は身に着けていたエプロンを脱ぎ、持っていたワンピースに袖を通した。
「悪いな、にゃん太。たまにで良いから炎珠に付き合ってやってくれ」
「勿論です。……炎珠さんは俺のご主人ですから!」
ノースリーブでスカートの裾にファーが付いた、雪の妖精のような白いワンピース。広がるスカートは少し動くだけでパンモロ必至だが、これが「可愛い」ならパンツくらい幾らでも我慢できる。
「全然似合いませんけど、炎珠さんはこれが良いんですね」
刹に背中のファスナーを上げてもらって、俺は「よし」と自分に気合を入れた。
「お世辞にも俺は可愛いとは思えねえけど……でもまあ、あいつはこれが良いんだろう」
「……行ってきます!」
リビングを出る俺の背後で、刹が「ゆっくりしてこい」と言ってテレビを点けた。
ともだちにシェアしよう!