5 / 150

第5話

 繁華街へと続く交差点。街頭演説をやっていてうるさい。イヤホンを突っ込もうと思ったが、こんなときに限ってポケットの中に片方しか見つからない。運悪く赤信号につかまってしまう。歩道橋を使う気力はない。 『……また、小さな命が犠牲になるという、痛ましい事件が起きてしまいました。若年や貧困のせいで病院に行くことができず、誰に相談できないまま出産し、追い込まれたあまりついには我が子を手にかけてしまう。こんな社会で本当にいいのでしょうか』  ……いいわけないだろ。誰だって、このままでいいだなんて思ってやしない。  でも、どうしようもないじゃないか。  世の中、変えられることばっかりじゃない。変えられないこと、というのも一定数、絶対、必ずあって。だったらそれを変えようとすることより、諦めることに一生懸命になった方がいい。 『性の違いなく、誰もが安心して暮らせる……わたくしは生まれ育ったこの街を、この国で一番豊かな街にしたいと思っています……』  ……はっ  息を吐き出した丁度そのとき、目の前にビラが突き出された。反射的に受け取ってすぐ後悔し、手を放す。はらはらと落ちていくビラ。趣味の悪い蛍光ピンクのパーカーを着た若い男がそれを拾い上げ……そして再び、朱莉の前に突き出してきた。しばらく無視していたが、ビラはいつまでも視界から消えてくれない。まるでさっきポイ捨てしたことに対する無言の抗議のようにも見えて、 「しつけえな!」  そいつの主義主張ごとへし折ってやる勢いではらいのけた。そんなに力を入れたつもりはなかったのに、バシン、と大きな音がして、ビラが宙を舞った。大きな赤い文字で書かれた『明るい社会の実現』が目に飛び込んでくる。『バース差別根絶』が、一枚、また一枚と地に落ちる。

ともだちにシェアしよう!