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第14話

 サッと血の気が引いた。直後、カタカタカタ、と震えが来た。震えている左手を右手で抑える。その右手もまた、震え出す。体温を上げようとするように、極限まで冷え切った心を何とか動かそうとするみたいに、震える。「ご苦労様」とでもいう風に男はポンポン、とケツを二回、叩いた。それが決定打になった。  電車がホームに滑り込む。反対側のドアがあく。男は何食わぬ顔で電車を降りようとする。プルルルルル、と発車ベルが鳴る。 「待て!」  踵を返し、飛び降りていた。直後、ドアが閉まった。一瞬ぎょっとした表情を見せた男だったが、すぐに取り繕うように、にやりと笑った。 「この痴漢野郎!」 「何言ってんのか分かんないんですけど。人違いじゃないですか?」 「はぁっ? ざ、っけんな! ひとのケツ、散々いじりまわして……」 「言いがかりはやめてもらえますか。急いでますんで」  さっきまでとは打って変わった声音だった。よく見ると、スーツからちらりと覗いてる腕時計はかなり高価なものだった。自分が白と言えば白にしてやれる……そんな自信が男からは漲っている。「どうとだってなる」と、課長に言われた言葉が、こんなときによみがえる。  彼の背中がみるみる小さくなる。  駄目だ。  負けてたまるか。  もう少しで見失ってしまう、その寸前でようやくアクセルがかかった。改札を出たばかりのところを捕まえる。 「しらばっくれんな! やり逃げとか許さねーからな!」

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