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第17話

「電車の中でひとのケツさわってきやがって。端にいたから身動きできないのをいいことに、下着の中まで手ぇ入れてきて。それで期待どおりじゃなかったらハイサヨナラ……って、ひとを馬鹿にしてやがる! オメガだからって……」 「あの、失礼ですけどあなたは今、その、はつ……」 「発情期じゃねえ! だからアルファなんか誘えねーっつーの。つーか発情期でも、アルファだったら誰でもいいわけじゃないからな」 「それは……そうですよね……失礼いたしました」  納得したのかと思ったが、しかし彼はさらに握る力を強めた。 「ちょっ、放……」 「しかし今から問いつめても残念ながら……できることは何もないと思います」 「何も、って……」 「あなたがつらい思いをするだけかと」  そう言いながら彼は朱莉の手を引くと、さりげにひとの少ない場所へと誘導した。力はそんなに強くなかったのに、抗えなかった。 「発情期でも何でもないオメガに対する痴漢行為はもちろん、犯罪です。でもそれはオメガ側が立証しなければならない。たとえば目撃者がいたとか、動画を撮っていたとか、何か客観的な証拠はありますか? あったとしても、今度はあなたが本当に発情期でなかったか証明する必要がある。定期的に通院し、薬の処方を受けているなら信憑性は高まりますが、それでも突発的に発情してしまうケースもある。残念ながらそういった裁判でオメガが勝った前例はないんです。示談に持ち込めればよい方で、失うものは圧倒的にオメガの方が多い」 「泣き寝入りしろってことか」 「そういうわけでは……」 「そういうことじゃねーか」  分かっていた。  こんな奴にわざわざ正論ぶっこかれなくても、そんなの分かっていた。 「ぜんれい……なんて、知らねーよ」  彼が着ているパーカーの鮮やかな色が眩しかった。真正面に顔を見られなくて視線を下にしたとき、彼が脇に抱えているビラの、『バース差別根絶』という文字が目に入った。 「だったらそういうぜんれい、を作るのが、あんたらの仕事じゃねえのかよ!」

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