18 / 150
第18話
どん、と胸をつく。脇に挟まれたビラに皺が寄る。本当はもっと、びりびりにしてやりたかった。彼は何も言わない。
「差別、根絶してくれんじゃねーのかよ。えっ? これがまさに差別なんじゃねーのか! 今まさにここに、差別されてるオメガがいるんだよ。たったひとりのオメガも救えねえで、何が差別根絶だ、何が美しい社会だ、何が有権者の皆様、だ! マイク通じてお花畑な理想論ぶっこいている暇あったらな、今ここで傷ついてるオメガをひとり、救ってみろ! そうしたらちょっとはお前らの言うこと信用して、清き一票とやらを投じてやるよ!」
彼は固まったまま動かない。当然だろう。
どうやってもひとりじゃ拾いきれないくらい、滅茶苦茶にビラをぶちまけてやった気分だった。そのままそこで永遠に突っ立っていればいい……
しかし彼はおもむろに踵を返すと、駅の方へ颯爽と歩き始めた。
「えっ……ちょっ、ちょっと……!」
思わず彼のあとを追いかけていた。一体どうしたんだ急に。
彼は改札まで行くと、駅員に何か話しかけている。小走りで行ってようやく追いつけた。
「ちょっ、お前、急にどうし……」
声をかけたタイミングで彼はくるりと朱莉の方に向き直り、
「彼が痴漢被害に遭いまして。状況を詳しくお話ししたいのですが」
とんでもないことを言った。案の定、駅員は困惑している。
「ちょ、やめろって、何考えてんだあんた……」
「すみません、私は間違っていました」
「こんなことやったって勝ち目ないってあんたさっき言って……」
駅員はどっちの話を聞いていいものか視線を交互に彷徨わせていたが、「申し遅れました。わたくし、咲田市議会議員・鷺宮晴子(さぎみやはるこ)の秘書をしております、鷺宮亨(さぎみやとおる)と申します」と彼が名刺を差し出した瞬間、彼を優先しようと決めたようだった。「彼が電車に乗っている際、アルファに望まぬ行為を強いられたようです。アルファもこの駅で降りたのですが、逃げられてしまいました」
ともだちにシェアしよう!