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第20話
鉄道会社の職員やら警察やらに経緯を繰り返し話しているうち、だんだんそれが、本当に自分の身に起きた出来事なのか分からなくなって、あのとき何故そんなに自分が興奮していたのかも分からなくなってきた。発情期は終わったと思っていたけれど、もしかしたらまだ完全には抜けきっていなかったのかもしれない。
被害届は結局、出さなかった。
いろいろ面倒くさくなった……というのもあるけれど、痴漢の男から直接謝罪された、というのが大きい。あのときは、地べたに這いつくばらせてやる、地獄の果てまで追いかけてやると思ったけれど、いざ謝られると、何だか自分の方が悪いことをしているようで、いたたまれなかった。「もう二度とこんなことはしないでください」とそれらしいことを言いながら、そんな偉そうなことを言う資格はないのに、という後ろめたさがつきまとった。
間に入ってすべての段取りを整えてくれたのは、鷺宮だった。
正直彼は、やり過ぎるほどやってくれた。朱莉が言ったことを気にしているのなら、もう十分だと伝えたかった。
男とのやりとりがすべて滞りなく終わったことを伝えた方がいいと思い、年末年始のバタバタが落ち着いた頃、直接事務所へ赴くことにした。一体どこにあるのかと思ったら、何と普段通勤で使う道沿いにあった。雑居ビルの二階の窓にでかでかと『さ・ぎ・み・や・は・る・こ・事・務・所』とプリントされていたが、今までちっとも気にしていなかった自分で自分に驚いた。
応接セット、その奥に並べられた事務机……。事務所には多くのひとがいたが、誰が一体何の役割で動いているのか分からなかった。皆、朱莉に対してさほど関心を示していないのが、有り難いような逆に落ち着かないような……
鷺宮を待っている間、することもないので壁に貼られてる掲示物に目をやってみたが、でかでかと『さぎみやはるこ』と書かれたポスターにせよ、『必勝』にせよ、『さぎみやはるこ』のスマイルにせよ、圧が強すぎるものが多く、結局出されたコーヒーに手を伸ばそうとして、もう既に飲み干していたことに気づく。流石にスマホいじってたら感じ悪いか……
ポケットに伸ばしかけた手を膝の上に戻したとき、
「ああ、まだこんなところにいたの、こっちよ、こっちに来て」
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