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第21話

 パーティションの向こうから顔を覗かせた女性にちょいちょい、と手招きされ、反射的に「はいっ!」と立ち上がっていた。事務所の奥へと進んでいく彼女の、背中、というより、ヒールの音と香水のにおいに引っ張られるように進む。  部屋の隅には山積みの段ボール。そして部屋の中央の大きな机の上には、大量のビラと封筒…… 「これ、ここにあるの全部、今日中に片付けておいてくれる?」 「片付け……」 「あー……あったあった、見本はこれね、こんな風にしておいてくれたらいいから。じゃあ、急で悪いけどお願いね」 「はあ……あの、えっ……と」  そこでようやく、彼女が『さぎみやはるこ』ではないかと思い至った。今目の前にいる彼女にライトを強烈に浴びせて、桜色の口紅をきれいにムラなく塗って、髪をまとめて、胡散臭い笑顔で固定させれば、ポスターと同一人物になる。逆にポスターの写真に皺を三割増しにして、どぎつい赤い口紅にして、髪をぼさぼさにさせれば、今の彼女になるというわけで……そうか、彼女が…… 「えっと」の、「と」を言い終えたときには、彼女はもういなくなっていた。 「これ、全部、って……」  ワケが分からないがとりあえずパイプ椅子に腰掛け、ビラを手に取る。三つ折りにして、封筒に入れ、お道具箱の中に入れ、五十部ずつまとめていく……  こういった事務作業はお手の物だ。  手だと時間がかかるから、定規を使うことを思いついた。別の部屋から聞こえてくる、コピー機の音や電話で話す声をBGMに作業に没頭していると、すうっと落ち着いてくる。あっという間にお道具箱一箱がいっぱいになり、次の箱……何なら手袋もあった方がいいな、とうろうろしていたとき…… 「すみませんお待たせして……って、何でこんなところで……」  丁度、鷺宮がやって来た。

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