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第24話
確かに朱莉も、何となく名前を知っている、という、真面目に政策を訴えているひとからしたら噴飯ものの理由で一票を投じたことがある。朱莉にとっては選挙は、当日丁度外に出る用事があって、ついでに余裕があれば行けたら行く、程度のイベントでしかない。一票の価値、とかテレビで騒いでいたのは知っているが、そもそもこんな動機で投じられた一票に価値なんてあるわけない。
「何かいろいろ……大変そうだな」
何ともぼんやりした返答しかできなかった。
「川澄(かわすみ)さんは、お住まいはこのあたりなのでしたっけ」
川澄さん。
いきなり名字で呼ばれて、どきりとした。滅多に名字で呼ばれることがないから、自分のことのように思えない。
「え……ああ、うん、橋渡ったとこすぐのアパート」
「そうでしたか……」
「あ、確かに俺も『ゆうけんしゃ』だけど、それとこれとは別だからな。あんたらにしたら、こんな手伝いなんかより、清き一票の方が嬉しいのかもしれないけど」
正直、彼には恩義を感じていたが、『さぎみやはるこ』なるおばさんのことはどうとも思っちゃいない。それでも選挙に行ったら結局、単に知っている、と理由だけで名前を書いてしまいそうな気はするけれど。
きょとんとした表情を浮かべているところを見ると本当にそんな下心はなかったみたいだが、「まあ、どうしても、って言うなら、入れてやらないこともないけど?」とからかうと、「す、すみません! そんなつもりで訊いたわけじゃなかったんです。誤解させてしまいました」と、手を大袈裟に横に振っている。やっぱり何ていうか、ズレている。
「しかし駄目ですね、よこしまなことを考えていると、見透かされてしまうものですね」
「よこしま?」
「ええ、近くにお住まいなら、代わりにバイトをお願いできないかと……ちらっと思ってしまいました」
「バイト……ああ、急に来られなくなったんだもんな」
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