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第33話
薄々感じてはいたが、正社員登用の打診があった。どこも人手不足だから、確実に勤務してくれるひとをキープしておきたいんだろう。補助金狙いで、確実にオメガの需要は高まっている。
正社員になったからといって、給料が跳ね上がるわけじゃない。むしろ残業代は派遣の方が手厚い。拘束時間も長くなる。生活スタイルも見直さないといけない。そこそこの給料でそこそこの暮らしでいいとずっと思ってやっていたから、正直覚悟が決まらなかった。それでもやはり、認められた、ということは純粋に嬉しくて、だから、今までずっと無視し続けていた実家からの電話にも、飛びつくように出てしまった。
朱莉の暮らしぶりを心配しておきながら、かといって話題も具体策もない母は、これ幸いと明るいニュースに乗っかった。
「まあ本当、よかったわね。しかも鷹取商事なんて大企業じゃないの」
「商事本体じゃなくてグループ会社だけど」
「それでも立派な会社には変わりないじゃないの。本当によかったわ。これで一安心ね」
別にあんたを安心させるために働いているわけじゃないんですけど……
聞こえないよう、ため息をつく。
「ところでその会社には、アルファの方っていらっしゃるの?」
「いる……にはいるけど、何で?」
もしかしてまた……朱莉が『あんな目』に遭うことを危惧しているのだろうか。
手に汗が滲む。滑り落とさないよう、スマホを握る手に力を込める。
沈めていた記憶の切れ端が浮かび上がってくる。十五万円引き出した通帳。腹に響く母親の悲鳴。赤ちゃんを抱いた母親のポスター。消毒薬のにおい……
心配しなくても、それこそ『大企業』のプライドを持っている社員なんだから、変なことになりようがない……
しかし母は、朱莉が想像していたのとはまったく違う方向性のことを言った。
「そう……今度こそいいお相手の方が見つかるといいわね」
「……は?」
「朱莉はしっかりしているから大丈夫だと思うけど、やっぱりオメガの独り身ってのは何かと大変でしょう。『あの』時期のこともあるわけだし。信頼できるアルファの方が傍にいれば安心だと思うの」
「安心……」
あんな目に遭ったのに……?
勘弁してくれ。
オメガの朱莉ですらそんなものは二次元にしかないと知っているのに、母はまだ、白馬のアルファ様がいると信じて疑っていない。
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