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第35話

 三月。  歓送迎も兼ねてだが、正社員への登用祝いをしてもらえることになった。  会社で飲み会、というものに今まで参加したことがなかったから新鮮だった。あんまり飛ばすと後がしんどいよ、と主任から忠告されたとおり、管理職の飲みっぷりは凄まじかった。 「朱莉ちゃんって、つがいになる予定のひとがいたりするのー?」  完全にセクハラだよ、と思いながらも、ベータの、普段は理知的な女性だったので、酔っているせいだろうと目を瞑ることにする。そういえば最近、お見合いに失敗したとか言っていた。 「残念ながらないですねー……」 「そっかぁ。まぁ朱莉ちゃんはつがいなんかならなくたって強く生きていけそうだもんね。私と一緒。『君はひとりでも生きていけるよね』って言われそうなタイプ」 「ひとりで生きていけないよりいいじゃないですか」  そう、本当にそう、と、背中を叩かれた勢いで、お猪口から酒がこぼれた。  店内は禁煙のはずなのに、斜め前の部長がライターをカチカチやっていて、面倒だったので見て見ぬフリをした。こぼれた酒を拭いたタイミングで、ふっ、と、煙草の臭いが鼻をかすめた。 「でも人生何が起こるか分かりませんからね。先を越してしまったらごめんなさい」 「やだぁ、朱莉ちゃんは仲間でしょ」 「僕、思われてるほどそんなに強くないんで。魅力的なアルファの方が現れたらコロッといってしまうタイプであることは自覚しています」 「今日日、下手にキャリア積んだベータより、オメガの方が玉の輿に乗りやすいもんねー。あ、もしそうなったらすぐ知らせてね、妊娠の有無も含めて」  芸能人の結婚報告かよ、と隣の課長がツッコむ。

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