36 / 150

第36話

「重要なことじゃない? そういうのは早く報せてくれないと。前なんか、出産二ヶ月前まで妊娠に気づかなかった、っていうひとがいて。本人も吃驚だろうけど、こっちだって吃驚よ。まあ授かりものだからどうこう言えないけど。欲しいと思ったときにできなくて、今はいいってときに限ってできたりするもんだからねー。あ、でも本当に欲しいと思ったら早いに越したことはないわよ。そこは全然止めないから。朱莉ちゃんなら応援するから。むしろ私の代わりに頑張って」  制度は整っているけれど妊娠出産に対してウェルカムじゃない、という雰囲気は前々から感じていた。今産休中のひとについても、話題に上ることはほとんどない。たまに聞く噂も、あまりよいものじゃなかった。 「妊娠……は、ないですね。そんなに子ども、好きじゃないんで」 「またまたぁ、それも『魅力的なアルファ』が現れたらどうなっちゃうか分からないじゃない、ねえ?」 「……そうですね」  丁度いいタイミングで店員が来てくれたので、オーダーを優先するフリをして話題を切った。  勝手が分からず二次会まで付き合ったが、次からは断ろうと決意して帰路につく。一次会が終わったときにしれっとフェードアウトしていた若手もいたので、見習えばよかった。  そんなに飲んだ記憶はないのに、くらくらする。緊張もあってピッチが速かったかもしれない。  電車に乗る前に自販機で水を買う。幸い座ることができたので、ほっとひと息ついてペットボトルの蓋を回したとき……  突如やって来た『あの』感覚。  気のせいかと思おうとした。でも身体の中から、熱いものがどろり、と溢れてくるのを感じる。このタイミングで来るのは予想外だった。大体いつも同じ周期で来るのだが、ストレスとかが重なって狂ってしまったのかもしれない。  顔が火照る。息が荒くなる。向かいに座っているひとがちらりと視線を寄越したのは、勘づかれてしまったからじゃないのか。最悪なことに電車は駅を出たところで、さらに最悪なことに次の駅に着くまで五分以上ある。この区間は他の区間に比べて長い。

ともだちにシェアしよう!