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第40話

「今にも死にそう、な勢いだったから急いで来てやったのに。おトモダチと楽しくお喋りですか」 「トモダチとかじゃねーし。ていうかあんたが来るの遅いから、出たくもない電話に出る羽目になったんじゃん」  薬かアルファの精液でしか鎮められないはずの疼き。でもそういえば鷺宮と話していた間は、『そのこと』はちっとも考えなかった。アルファに腕を引っ張られ立ち上がらせられたとき、溜まっていたものが一気にどろりと流れ落ちた。 「まあいいけど。車乗れ……って、何持ってんだ」  ぼろぼろのポスターを見咎められてしまった。 「あ、えっと……捨てようと、思ってたんだけど」 「なら今捨てちまえよ」  朱莉から奪い取ったそれを、彼は道端に投げ捨てた。苛立っている。朱莉のわがままを寛容に受け止めてくれる一方で嫉妬深いところがあり、電話の件が尾を引いているのはあきらかだった。それに加え、朱莉のフェロモンも影響しているのだろう。車のドアをあけ、朱莉を強引に押し込もうとした彼は、しかし気が変わったのか、押し込む寸前で逆に朱莉の背中を引いた。咄嗟のことで反応しきれず、蹈鞴を踏んだときに少し足首をひねった。でもそこで痛がるそぶりを見せたら、さらに彼は過剰に反応するだろう。 「それも捨てちまえ」 「えっ……」 「そんなきたねえナリで乗られて車よごされても嫌だからさ。下、全部脱げよ」 「こ、こで……?」 「どうせ脱ぐんだろ」  静まり返った住宅街。車通りも人通りもない。だからといって流石にハイハイと受け入れられるような要求じゃない。発情期で理性が吹っ飛んで、普段じゃとてもできないことでもやってしまうオメガもいるが、朱莉はそうじゃない。発情期だろうが普通に羞恥心はある。  冗談だよな、と懇願を滲ませて見つめてみたが、彼の声音はさらに厳しさを増した。 「とっととやれよ」  下手をすれば本格的に怒らせてしまうだろう。ぐずぐずして、誰か来てしまう前に……と、意を決してズボンを脱いだ。手が震えてベルトを外すのにもたついてしまったのが、反抗しているように見られないことを願った。愛液を吸って重くなったズボンが、べちゃりと地面に落ちる。 「全部、っつっただろ」  分かってはいたがあらためて言われると、恐怖と羞恥心が膨れあがる。夜だったのがせめてもの救いだったかもしれない。自分で自分のフェロモンはよく分からないけれど、肌が露わになった瞬間、ぐっと濃度が増した気がする。よごれた部分を見られないよう隠しながらパンツを脱いだのに、彼はそれをひったくり取ってわざわざ目の前で広げてみせた。薄い布で受け止めきれなかった液体が、糸を引きながら落ちた。 「ほら、早く乗れ。シートよごすなよ。脚抱えてケツ上に向けてろ」 「ちょっ……待っ……」  屈辱的な格好を取らされるのはこの際どうでもよかった。ただ彼は、朱莉のズボンとパンツを歩道に放ったまま車に乗り込み、ドアを閉めた。丁度ポスターの重しとなるような格好で放られたそれ。愛液のついた部分が恥ずかしげもなく晒された状態になっている。 「しようがねえな。蓋してやんねえとな」  挿入する瞬間、舌なめずりするその動きが、いやにゆっくりに見えた。  ナカを抉る感触よりも、じゅぶ、じゅぶ、と響き渡る音に、聴覚から犯される。待ち望んでいた、という風に、襞が絡んでいっているのが分かる。それが相手を悦ばせていることも分かる。でもそれを素直に認めたくはなかった。これを、こんなものを待ち望んでいた、自分が自分であまりに情けなかった。気持ちいい。路上に放置された服が気になる。でも気持ちいい。これが、理性が本能に負けてしまう、という感覚か。相手の腰に脚を絡めて、大きく喘いだ。こうなったらもう、理性なんてほんのひとかけらも残したくない。負けた、ということすら忘れるくらいに溺れたい。でも中途半端な自分は、そこまで乱れきることができない。街灯の明かりが目に入った瞬間、馴染みのない車内のにおいをスッと吸い込んだ瞬間、アルファの息遣いや動きに単調さを感じた瞬間……チクリ、と現実が針のように刺してくる。恥部を拡散、されるように、パンツがひらひらと飛んでいく幻想を見た。

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