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第42話
アルファが強引に結合部を彼に見せつけようとしたから、顔を背け、さらに腕で鼻から上を覆った。こんなとち狂った奴なんかまともに相手にしないで早く立ち去ってくれ。でも……
「合意……久しぶりに聞いたなそんな言葉。『発情中のオメガ』に合意もクソもないだろ。でも誘ってきたのはこいつの方だぞ。つーか、これに反応しないってことはあんた、アルファじゃねーな。だったら分かるわけねぇか。こいつらがどれだけエグい手段で誘惑してくるか」
不意に奥を突かれ、声を抑えることができなかった。
「やっ、やだっ、やっ、あっ、あっ……!」
「ちょっと突いてやるとすぐにきゅうきゅう締めつけてくる」
「ち、がっ……もっ、やめ……!」
「嫌がってるんじゃないですか」
「セックス中の嫌、はイコールもっと、だろ。そもそもこいつらがアルファの精液を欲しがらないなんてことはないんだから。ほーら、誤解されちゃうだろ、さっきみたいにイイ声出せよ。アルファの精液いっぱい注いでもらえて嬉しいでーす、って。このお兄さん誘惑してやれよ」
嫌々言ってんじゃねえ、と、強制的に顔を上げさせられる。その瞬間、アルファの肩越しに、窓の外からこちらを覗き込んでいる鷺宮と目が合った。
「川澄さん」
気づいた。気づいた。気づかれてしまった。
「何だあんたら知り合いだったのか」
早く立ち去ってほしかった。知られたくなんてなかった。でも……
でも、助けてほしかった。
いや、と口を動かす。うまく声にならなかった。鈍い鷺宮には当然届かないだろうと思った。だから、バン、と音を立ててドアがひらかれたとき、一体何が起こったのか分からなかった。逃げ出せるのだ、逃げ出していいのだ、と腕を引かれるまで理解できなかった。彼のコートにくるまれながら、外に連れ出される。一、二歩地面を踏みしめて、裸足であることに気づいたけれど、靴なんてかまってられる余裕はなかった。
「待て! お前まさかそいつを呼んだんじゃねーだろうな!」
首根っこをつかまれた。逃げたい。早く逃げ出したい。その一心でもがいた。ふっと圧迫感が薄れ、鷺宮がアルファを制してくれていたのが分かった。促されるまま彼の車に逃げ込もうとして……何気なく振り返った瞬間、鷺宮が腕を振りかぶっているのが見えた。
駄目だ。
足裏がじんじん痛かったが、無我夢中で方向転換し、その腕に飛びついた。かろうじて拳はアルファにぶつからずに済んだ。
「駄目だ、あんたがそんなことしちゃ絶対駄目だ……!」
朱莉の訴えに、どうやら正気に返ってくれたようだった。「川澄さん」と口をひらいたときにはもう、いつもの彼に戻っていた。「先に車に入っててもらえますか」
「でも……」
「少しこの方とふたりでお話させてもらいたいので」
不安が完全に払拭されたわけではなかったが、朱莉にできることは何もなかったので、言うことをきくしかなかった。
あのアルファが素直に説得に応じるとは思えなかったが、意外にもすぐ鷺宮は戻ってきた。
「行きましょう」
どこへ、と訊く間もなく、車を発車させる。追い越したアルファの車が、みるみる小さくなっていく。
何をどこからどう言っていいのか、訊いていいのか分からなかった。
今さらながら下半身丸出しで座っていたことに気づき、慌てて腰を浮かしたが遅すぎた。
「あ、あのさ……」
「はい」
「下、何か、敷くもんないかな。濡らしちゃう……っていうか、もうかなり濡らしてる。ごめん」
「あ……大丈夫ですよ、別に。古い車なんで」
「ごめん」
車をよごした、というだけじゃない、いろんな意味を載っけた「ごめん」だった。それを彼も察しているようだった。カチカチカチ、とウィンカーの音が大きく響く。真っ直ぐ進む。目の前には赤信号。誰も渡らない横断歩道。対向車もない。でも車は律儀に停まる。停止線よりかなり前。
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