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第44話

「しかしあんた、本当に何も感じないの?」  支えられて車を降りながら、ちらりと彼の股間に目を走らせた自分はやはり『しようがない』オメガだ。 「そう……ですね。実はそれがずっとコンプレックスだったんです。でもこういう形で支えることができるならそれも悪くはないか、と、今思いました。普通のアルファだったら、こんな至近距離にいたら、すぐに参ってますよね」 「あんた、オメガとヤったことねえの?」 「そうですね」 「もったいねえなあ。すっごいイイらしいって聞くけど」 「それを川澄さんが言うんですか?」  くすりと笑う。久しぶりに見た柔らかい表情に、やはりこいつにはこういう表情の方が合っているな、と思う。きれいなものだけを見て微笑んでいる方が。 「そうじゃなかったらいくら誘惑したところでノってこねえだろ。何がどうイイのかはこっちは分かんねーけど」 「私はその……真逆、の感情になりますね」 「真逆?」 「今のあなたを見ていると、とても、その……興奮、できなくて。つらそうなひとに無理矢理しても喜べないです。それも私の、アルファとしての性質が弱いせいなんでしょうか。そういう良心を擲ってこそアルファ、なんでしょうか」 「何も感じない?」  下世話な話、さっきのアルファに一発出されたせいでだいぶ熱は引いていたから、支えられなくても十分ひとりで歩くことはできた。けれど足元が覚束ないフリを装ってもたれかかり、密着度を上げてみる。すると思っていたより至近距離に彼の顔があって、自分から近づいておきながら気恥ずかしくなる。悟られないようそっと息を止める。 「ええ」 「そんな真顔で言われたらそれはそれで腹立つな。逆にオメガとしての魅力がないって言われているみたいで。って、別に襲われたいわけじゃないけど、何か複雑」 「そういう……ものなのですか」 「じゃああんたは一体どんなときに興奮すんの?」 「どうって……」 「試してみない?」  えっ、と驚いた顔をする彼以上に、自分で自分に驚いていた。 「いや、もしあんたがつがいを選ぶってなったときにさ、できなかったら困るんじゃない? って思って」  そして言い訳が下手くそ過ぎる。 「っていうか、あんたが事務要員としてアテにしてたみたいにさ、俺もちょっと下心あった、っつーか。安心してヤれるアルファをキープしときたい、っつーか。薬で抑えられないことはないんだけど薬だと副作用があったりするから、結局アルファとヤんのが手っ取り早くて。でも俺もそんなに発情する方じゃないから、さっきみたいな性欲強いアルファ相手だとキツくて。だからあんたみたいな奴が丁度いいなって思ったんだけど」  つーか、つーか、ていうか……  言葉を重ねるほど言い訳がましくなっていく。  ちらりと盗み見た彼の表情には、困惑の色。それを嫌悪に変えてしまってはいけないと焦った。 「だからぁ、そういうときはさらっと返せ、って。前も言ったじゃん。本気にされたらこっちが焦るっての」 「本気……」 「大丈夫? 高い理想を持つのもいいけどさ、オメガはアルファを誘惑するイキモノってのもある意味間違っちゃいねーんだよ。これからあんたの周りには俺みたいな下心持ったオメガがわんさか寄ってくるだろうからさ、気をつけた方がいいってこと。お人好しもほどほどに」  彼が口をひらくより先に振り切り、部屋へ駆け込んだ。こんなことを言う前に礼を言うべきだった。親切なアルファに助けてもらったオメガ、として、しおらしく礼を言って別れるべきだった。余計なことを言った。余計なことを言った。余計なことを……  部屋に入っても、しばらく電気をつけることができなかった。  こんなことだったらあのままぼろぼろになるまで犯されていた方がマシだった、と、借りっぱなしだったコートに気づき、そう、思った。

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