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第45話
セレブの彼にとってはコートの一着や二着、きっとどうだっていいだろう。むしろオメガの愛液のついたコートなんて返されたって困るかもしれない。
そう思いながらも、クリーニングに出したコートを事務所まで届けに行った。事務所には、前には見なかったスタッフが大勢いた。あれから無事、バイトを採用できたのだろうか。選挙まで一ヶ月を切っている、ということに、貼られていた掲示を見て初めて気づいた。ひとが多いのもそのせいか。終わったと思ったら次、また次、と、電話をかける声がしている。ピリピリした空気の中、休憩中なのだろうか、丁度朱莉が座っているソファの背中側の一角から聞こえてくる声だけは、様子が違った。
「えっ、亨さんってアルファなんですか?」
亨……
思わず聞き耳を立ててしまう。他のひとから聞く彼の名前は新鮮だった。
「そうよ、知らなかった?」
「何か全然、そんな感じに見えませんでした」
「あの歳でまだつがいがいないから、やっぱりそう見えちゃうのかしら」
「あの歳って言っても、まだ三十手前でしょ?」
三十手前……か。
いやらしく情報収集してしまう。実はもっと年上だと思っていた。下手したらふたつ、みっつしか離れていない。空気が読めないだとか気が利かないとか不器用だとか朱莉だって散々なことを思っていた。でも、つがいがいないから頼りなく見えるだの早く貫禄をつけてほしいだのおばさんたちが好き勝手言うのを聞くと、それは違うと反論したくなる。
「何、あんたもしかして狙ってる?」
違いますよ、と言いながら満ざらでもなさそうだった。声の主はもしかして、新しく雇われたオメガなのか。一体どんな奴がどんな顔をして言っているんだと後ろを向こうとしたときに、鷺宮がやって来た。
「川澄さん、わざわざすみません」
「あ、いや……」
後ろのことが気になって、それきり会話が続かない。彼が姿を現した途端、後ろはぴたりとお喋りをやめ、そして今度は逆に、こちらの会話に聞き耳を立てているのが分かった。
「あれから体調どうでした? 大丈夫でした?」
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