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第50話

 誰もいない部屋。誰にも邪魔されない代わりに、すべて自分から動き出さなければならない。起きたら、と声をかけてくれるひとも、腕を引っ張ってくれるひとも、美味しい料理を作ってそのにおいで誘い出してくれるひともいない。ひとりでいると誰からも傷つけられない代わりに、傷ついた部分は自分で何とかしないといけない。  でも何とかできる気がしない、と思ったとき、手の先にあったスマホが震えた。裏返っていたそれをパタン、とひっくり返し、手繰り寄せる。 「何なんだ……」  鷺宮からだった。 『川澄さん?』 「ん……」 『今、お時間大丈夫ですか?』 「大丈夫だけど何時だと思ってんだよ。大丈夫だけど」 『今日はうちのスタッフがご迷惑をおかけして申し訳ありませんでした。あの場では言いそびれてしまって……』 「律儀だな。別にいいのに。ところで彼はあれから大丈夫だった? 薬効いた? それとももしかしてあんたが『面倒みて』やった?」 『そ、そんなことあるわけないじゃないですか』  分かりやすく動揺している。 「は? 何で? あんたにとっても都合よかったじゃん。あんな機会でもないと、自然体であんたがオメガとつがえるようになるなんてちょっと想像つかねえよ」 『それ、冗談ですよね。また川澄さんお得意の』  そうだ、とすぐに返すことができなかった。不覚にも挟んでしまった沈黙が、説得力を薄れさせる。 『川澄さん、ちょっとだけお邪魔していいですか?』 「お邪魔って……は? 何? ウチ来んの?」 『お返ししたいものがあって。今丁度、車で近くまで来ているんです』 「は……」 『よろしいですか?』 「よろしいも何も近くにいるとか言われたら断れねーじゃん」  そしていいよと言ってから一分もしないうちに、チャイムが鳴った。ドアの前で電話をかけていたか、というような速さだ。もし朱莉が断ったらどうするつもりだったんだろう。家にいない可能性もあったのに。  インターホンに映る無防備な顔。たっぷり間を置いてから、ドアをあけた。

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