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第55話

 選挙公報……咲田市議会議員選挙……投票日四月十九日(日)…… 『みなさんの声をしっかり市政にとどけます』『子育て世代を応援します』『安心安全のまちづくりをめざします』『未成年のバース検査廃止』『すべての性がいきいきと暮らせる社会の実現』……ずらずらっ、と候補者の顔が並んだ公報を広げる。さぎみやはるこの名前は、一番左上にあった。一度、実際に会ったことがあるにもかかわらず、この作られた笑顔を頻繁に見ているせいか、こちらの印象の方が濃くなっている。『行動力と思いやりで実行します』『オメガの雇用促進』『犯罪の発生しにくいまちづくり』……  共同玄関のゴミ箱に、選挙公報が乱雑に突っ込まれているのを見た。  前までは朱莉もそうしていた。  モノクロで字ばっかりで、胡散臭い顔が並んだチラシなんて、誰が好き好んで部屋にまで持って上がるのか。 『……有り難うございます。女性の皆さまの大きなご支援を……』  丁度近くを、選挙カーが通り過ぎた。テレビの音量を小さくして注意して聞いてみたが、さぎみやはるこではなかった。テレビの音量を元に戻しながら、前までは選挙期間中はずっとイヤホンを突っ込んでいたのに、と思う。さぎみやはるこの選挙カーにはまだ遭遇していない。鷺宮に聞けばどこを走るか教えてくれるだろうが、ちょっとした運試しの意味もあった。  公報を写真に撮り、『ウチにも入ってたー』とメッセージを送る。しかしつくづく、最悪のタイミングで付き合い始めてしまった。四月に入って鷺宮は選挙活動真っ直中、正社員になった朱莉は業務ががらりと変わって、ゆっくり会う暇も取れやしない。  夜になって寝ようとしたとき丁度、『今日はここを回っていました。どこだか分かりますか?』と、選挙カーの中から撮ったらしい写真が送られてきた。 『小学校?』 『正解です。実は母校なんです』  えっ、と思い、送られてきた写真を拡大して学校名を確認し、早速検索してしまった。 『そうか、ここが地元なんだもんな』 『ずっと咲田市民ですから。こんな感じで地元を回るようになるとは思ってもみませんでしたけど』  メッセージを送ると、五分と経たずに返信がある。オンとオフがはっきりしているというか、スマホをいじっているときといじっていないときが分かりやすい。忙しいのに無理して返事くれてるんじゃないだろうかとか、何で既読スルーなんだとか、そういったことでやきもきすることがない。  そういえばこの小学校が、投票所になっていることを思い出した。  一生懸命走り回っている鷺宮にはとても言えないが、選挙に興味が出てきたとはいえ、休日にわざわざ選挙のためだけに出かけるのは正直億劫だった。しかし鷺宮の母校と知るなり、途端に行く気が出てきた。 『じゃあ十九日、母校見てくる』 『見てきてください』  文末につけられた笑顔の絵文字。ふうん、こんな絵文字も使うんだ。  会話が途切れる。  彼から返信があったのだから、次は朱莉が返信しない限り、メッセージが来ることはない。それなのにもしや、と、スマホをちらちら確認してしまう。  今までの会話履歴をザッとスクロールして、ほぼ毎日、連絡を取っていることに今さら気づいた。四月に入ると忙しくなるから、と先に予防線を張っていたのは朱莉の方だったのに、結局我慢しきれなかった。一日何十回何百回とラインをします、とかいうカップルのことが信じられなかったし、理性的な付き合いができると自己評価していたが、このどうでもいいメッセージのラリーを見たら、相当に浮かれている。考えるより先に親指が動き、『体調には気をつけて』と打ち込んでいた。『これ結構おすすめ』と、最近見つけたサプリのURLも一緒に送る。五分……十分経ったが、既読にならない。時計を確認すると丁度十二時を回ったところだった。シンデレラかよ。十分以上あけて返信がくることは今までになかったから、今日はもう返ってこないとは分かりつつ、眠る直前までスマホを見ていた。  翌朝、『有り難うございます。早速試してみますね』と入っているのを確認し、画面を閉じかけたところで丁度、またメッセージが入った。『今日もいってきます』のあとに、選挙カーの写真。議員のブログじゃないんだからさ……  毒づきつつも、口角は上がってしまう。  何て返そうか迷った挙げ句、ガッツポーズのスタンプをひとつ、送った。

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