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第57話

 夕方、家に帰ってテレビのチャンネルを回してみるが、どこも選挙のニュースはやっていなかった。一地方の選挙だから、当然かもしれない。そわそわと時計を確認する。投票時間は終わっている。まぁここでひとりでそわそわしててもしようがないよな、と切り替え、残っていたチャーハンと唐揚げを温める。ビールと共にかき込むと眠たくなってきて、ちょっとだけのつもりで横になったら、小一時間経っていた。テレビから聞こえる「ばんざーい、ばんざーい」の声に飛び起きる。中央に映っていたのは禿げ上がったおっさん。新市長はこのおっさんに決まったらしい。そんなのはどうでもいいんだよ、議員、議員……と続きを待つ。  もしかしたら、さぎみやはるこ事務所も映るかもしれないと期待したが、議員の結果は三枚のテロップで終わってしまった。その二枚目に、さぎみやはるこの名前が『当確』の文字と共にあった。 「よかった……よかったじゃん」  思わず声に出していた。  またこんなときに送ったら迷惑かな、と思いつつも、いいか、どうせ忙しかったら見ないだろうし、と、アプリをひらく。 『おめでとう、結果見た、よかったな、お疲れさま』  厳選に厳選を重ねると言葉は素っ気なくなるというか、これじゃ語彙力崩壊した単なるアホだ。とりあえず絵文字をくっつとけば何とかなるだろうと、拍手やらクラッカーやらを重ねてみる。素っ気なさは薄れたが、これはこれでキャバの営業メールみたいに軽すぎる。  つけたり消したりを繰り返し、何だか分からなくなって最後はヤケクソでえいやっ、と送信ボタンを押す。  もう遅かったので、返信は期待しない。むしろエネルギーをかなり費やしたので、ひと息つきたい。スマホを裏向け、極力見ないようにした。明日は仕事だから早く休もう。  寝る支度をととのえているとき、独特の倦怠感を感じ、「あっ」と思う。カレンダーを確認する。前の発情期から一ヶ月経っている。強い波が来る前にあらかじめ薬を飲んでおく。一度来てしまったらそこから抑え込むことは難しいが、予防すればマシになることは経験上知っていた。だからといって飲むのが早ければいいというわけではなく、早すぎると今度は薬の効果が先に切れてしまう。  今回はたぶん大丈夫、な、はず。  薬を飲み、寝る直前にスマホを充電しようとして、通知が来ていることに気づく。 『ありがとうございます。皆さんのご支援のおかげです。いただいた票の重みを感じながら、母子ともどもよりよい市政のために尽くしていきたいと思います』  ……いやいや、支援者へのお礼じゃないんだからさ。  ファイト! のスタンプを送る。  やっぱりつくづく変な奴。もし付き合ってるのが自分じゃなかったら愛想尽かされてたかもしれないぞ、と、上から目線で思う。  朱莉としては会話を終えたつもりだったのに、ぴょこん、と、スタンプが返ってきた。二頭身のキャラクターが、『ありがとう!』と頭を上げ下げしているものだった。こんなスタンプも使うんだ。そのアニメーションをぼんやり見ながら、スタンプとはいえタメ語で呼びかけられたのは初めてかもしれない、と思う。リアルでもメッセージ上でも常に敬語。それが彼のスタンスなのかと、特に深く考えもせずに受け入れてきたけれど、もうちょっと距離をつめてくれてもいいのに。というか彼の方が年上なのに、それを受け入れている朱莉にも問題があるのかもしれないけれど。  アニメーションが三往復したところで、『今話して大丈夫ですか?』とメッセージが入る。まったく今から寝るところだったのに。でも結局『いいよ』と返信……するのもまどろっこしいから、朱莉の方から電話をかけた。

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