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第71話
つがいの方ってどんな方ですか、と訊かれると、地味に困る。
「市議会議員……」と言うと皆前のめりになり、けれど、「の、秘書」と続けると、「へえー……秘書」と微妙なリアクションになる。それが何だか悔しくて、「でも地盤を引き継いで将来は議員になると思う」とフォローするとまた一瞬は前のめりになるけれど、しかしその議員が母親だと分かると、「へ、へえー……お母さんが」と、さらに微妙な空気になってしまう。
「じゃあ将来、川澄さんが秘書になるんですか」
四月に入社したばかりのベータの新人君が無邪気に訊いてくる。社歴では朱莉の方が先輩だが、もうとっくに追い抜かれてしまっている。
「いやそれは……大体政治のことなんてよく分かんないし」
「国会議員の政策秘書ほど知識は必要ないんじゃないですか。それより選挙のときとか、たいていパートナーの方が走り回っているじゃないですか。一族総出、って感じで」
そうか、そうなのか。
しかし知識は必要ないって。今まさにその仕事をしている亨をディスられたように感じたのは被害妄想だろうか。
「選挙になると川澄さん、流石に仕事続けるのは厳しくないですか」
「いや、将来的には……分かんないけど、亨が立候補するとしてもだいぶ先のことになると思うし……」
「そうですね。当選すればいいですけど、落選すれば結局議員って無職になっちゃいますからね。ある意味派遣よりキツいですよね。あ、そのためもあって、つがいの方は川澄さんが働くことに賛成なんですか」
「それとこれとは関係ないし」
自然と語気が強くなった。
結局夏になってもまだ、仕事は続けていた。
さぎみやはるこにあれこれ干渉されないために、少し離れた場所にマンションを借り、一緒に住み始めたのがつい二週間前。場所のことから家賃のことから家事のことから決めなきゃいけないことがたくさんで、それと比較するとつがいになる、という行為自体はあまりに簡単だったな、と、振り返って思ったりもした。
「まあ大変だとは思いますけど、でも川澄さんには長くいてほしいですよ」
当たり前だけど、つがいになれるのはアルファとオメガのペアだけ。でも不思議と、亨がアルファだったからつがえた、という感覚はなかった。それこそアルファでなくても、亨とつがえたような錯覚に陥る。アルファ、じゃなく、亨だから、一緒にいたいと思った。でも誰かに紹介するときは、リアクションに困るような立場ではなく、「すごーい」と言ってもらえるようなアルファ、で、いてほしい、と、勝手なことを思う。
だから、営業をかけていたオメガの自立支援施設の理事長が後援会の会員で、しかもその息子が亨の中学時代の同級生だったと分かったとき、チャンスなんじゃないかと思った。
どこの施設から何人来るかは、今までのお付き合いで決まっている部分が大きい。でもそのせいで、いい人材が採用できにくくもなっていた。新規開拓が目標になってはいるが、厳しいのが分かって、今まで誰も手をつけてこようとしなかった。付き合いのある施設へ訪問する途中に別の施設があっても、スルーしてきた。その施設だってとっくに他に付き合いのある企業があるだろうし、そこに割って入るにはかなりの労力が必要だからだ。でも理事長と知り合いとなれば話は早い。正直、自分の成果になることはどうでもよく、それによって亨の株が上がることを期待していた。
そんな朱莉の計算なんでまるで分かっていない亨は、朱莉の仕事のためなら、と、喜んでアポを取ってくれた。
朱莉が働いていることで『アルファの自分に縛られることなく活き活きと活動している』と亨が思えるのなら、無理して辞めることもない。亨の知らないところでさぎみやはるこには、子どもができたら辞める、と、あらかじめ根回しはしておいた。
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