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第72話
訪問当日、理事長が急用とのことで、理事長の息子が応対してくれることになった。肩書きは副理事長。しかし亨の同級生、ということが、朱莉の頭の中で大きな割合を占めていた。彼と目が合うとついつい、亨に見せてもらった卒業アルバムの写真と重ねて見てしまう。そしてその横に、亨の顔も。
仕事の場でどこまでプライベートの話をしていいものか躊躇っていたが、先に食いついてきたのは彼の方だった。
「あの鷺宮がとうとうつがったって聞いたから、一体どんな相手かと気になっていたんですけど……そうですか、あなたですか。正直、お会いしようと思った動機のひとつに、鷺宮のつがいの方をひと目見てみたい、という不純なものがありまして」
分かりやすく、頭のてっぺんから足の先まで舐めるように見られた。
大丈夫、亨に恥をかかせるような格好はしていない。
出会いからつがうまでのストーリーも、ちゃんとさぎみやはるこのシナリオどおりに披露した。これに関しては亨より流暢に説明できる自信がある。
「へえ、あの鷺宮が……意外ですね」
「中学校時代、彼はどんな生徒だったんですか? 実は私も、彼の昔の頃が知りたいという不純な動機がありまして。もしかしたらそちらの方が大きいかもしれません。あ、この話はオフレコで」
「はは、じゃあお互いさまってことで。そうですね……正直鷺宮とは、三年になるまではそれほど親しくなかったというか、関わることがなかったんですよ。クラスや部活も別でしたし。決して成績が悪かったわけではないと思いますが、彼は目立つタイプではなかったので。でも三年になって性別検査の結果が分かったとき、彼のことが学年中で話題になりました。アルファだった、というより、それまでまさか彼がアルファだったとは、誰も想像すらしていなかったからです。その、何て言うか、彼は……」
「分かります。アルファらしくないですもんね」
言いにくそうにしていたので、あえて先に言ってやった。ひとりが感じていることはたいてい、皆同じように感じているものだろうから。
「彼は決して悪くないんですけどね。本当に彼がアルファなのか、と、疑うひとも結構いて。親に権力があるとアルファになるのも簡単だよな、とか。何せ母親は政治家で父親は不動産会社経営なので。何としてでもアルファが欲しかったんだろう、とか」
ああ……
アルファを金で買う、という噂はまことしやかに囁かれていた。だからからか、富裕層にはアルファがやたら多い。アルファを養子にもらう、のはまだいいが、オメガだと分かったら逆に養子に出したり、検査結果を偽造したり、日本ではまだ認められていない出生前診断を受けて、オメガの可能性があったら堕胎したりしているらしい、とか。
アルファらしくない彼が、どのような目で見られていたかは容易に想像がついた。これで朱莉がオメガらしくなかったら、ますます疑いの目を強められてしまう。
しかし……
しかし……と、もし彼が出馬することになったら応援させてもらいますよ、と、調子のいいことを言っていた彼と別れたあとになって、思う。
しかし亨は本当にアルファなのだろうか。
もしかしたら朱莉が妊娠しなかったのは、享に何か原因があったからじゃないのか……
享がアルファじゃなかったからといって、嫌いになるなんてことはない。
でもそうなったとき、そのあと巻き起こるであろう嵐を乗り越えられる自信はなかった。
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