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第74話
「朱莉さん、大変申し訳ないんですけど……」
神妙な顔で享に言われて、ぎくりとした。
まさか子どもがなかなかできないことをついに不審に思ったか。さぎみやはるこから背突かれたか。それとも何か深刻な原因が分かってしまったか……
しかし彼が話題にしたのは、昨年紹介してくれた自立支援施設について、だった。
その施設からは今年の春に早速一名受け入れ、三ヶ月の使用期間を順調に終えたので、来期の人員も依頼しようかという話が出ていたところだった。
「どうもちょっと、よくない噂を耳にしまして」
「よくない噂?」
「補助金を不正に受給していたようなんです。利用者の人数や、発情の深刻度を水増しして」
補助金の不正受給。それは深刻な問題だ。しかし自分と亨との間に横たわる深刻な問題はもっと他にあるはずだ、という思いが、聞く態度に露骨に表れてしまった。
「でも……噂なんだろ?」
「厚労省の調査が入ったようなんです」
「それは……困るな」
「ええ、困ったことになりました。紹介しておいて心苦しいんですけど、折衝が進んでいるようであるなら、一度ストップしていただいた方がいいかと思います」
「えー……でも、どうかな、もう来年ひとりは採る方向みたいなんだけど。でもまあ、それは俺が決める話じゃないし。一応、上司には言っておくけど……」
亨とどうしてこんな話をしなくちゃならないんだろう、といらつく。
駄目だ駄目だ。抑えろ抑えろ。
この苛立ちは、亨には何の関係もない。自分が勝手にいらついているだけ。
何も言わずに分かってほしい、こうしてほしいと望むのは怠慢だし、傲慢だ。分かってほしいなら言えばいい。言ったらきっと、亨は優しいから分かってくれる。でもそれじゃあ本当の望みは満たされない。言わなくても分かってくれなきゃ、言って分かってくれたところで意味がない。
亨はどうして、不思議に思わないんだろう。
子どもができないことを、不思議に思わないんだろう。
こんなに朱莉が悩んでいることを、どうして分からないんだろう。
何か悩んでいるなら言って、と促されることすら恐怖なのを、どうして分からないんだろう。
「でも残念だな。正直結構、いい子が揃ってたんだよ。発情の程度も軽そうで。問題なく働けそうな子が……って、ああ、だから……」
補助金の額は発情がどの程度日常生活に影響を及ぼしているかによって決まる。本当は軽いのに重く申告したり、薬も必要以上に処方したりしている個人や団体があることは、以前から問題になっていた。さらにタチが悪いと、支給された薬を転売していた、なんてケースもあったらしい。
「でもそういうのって、大なり小なりどこでもやってそうだよな。そもそもの支給要件が曖昧だし」
「問題はそれだけではなくて、どうやら施設に入れる利用者を選別していたそうなんです。国の援助を受けている施設には一律で受け入れ義務があるので、一旦は受け入れる形を取りながら、自立支援目標を達成できないようなひとは辞めさせたり。逆に発情の程度が弱いひとは他の施設から引き抜いたり……」
「もしかして割を食った同業者からリークされたか。ほどほどにしときゃよかったのにな。でもたいていひとってのは、一旦味を占めるとほどほどじゃ抑えられないんだよな。だからこそ悪事はバレるわけだけど」
「朱莉さんはドライですね」
めずらしかった。亨が遠回しに責めるような言い方をするのは。
よくあることだろ、と言って、でも少し、反省した。不正に手を染めていたのは、朱莉にとっては取引が始まったばかりのビジネスパートナーだが、亨にとっては同級生なのだ。ショックに思わないはずがない。
「でもまあ、どこも大なり小なりやってるだろうし。運が悪かったんだな」
「そういう言い方しないでください」
そういう言い方、って……
じゃあどう言えばよかったんだ。ちょっとでも気を楽にさせてやろうと、あえて庇ってやったんじゃないか。
「許せないんです、そういうのが……一番、許せない」
「そういうの?」
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