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第75話

「補助金を騙し取っていたとか……それも許せないことですけど、利用者を選別していた、ということが、一番許せない。そういうのがあってはならないのが福祉施設じゃないですか」 「まあそうだけど……でも施設だって運営が大変なんだろ。できるだけ手間のかからない奴を集めて利益を上げたいってのは当然の心理だろ。俺だって採用するなら、そういう奴を採用する。施設だけが悪いんじゃない」 「そんなやり方で利益を上げたところで、発展なんてしない」 「何だよ、頑なだな」 「朱莉さん、正社員になってちょっと変わりましたね」 「何も変わっちゃいない。どうしようもない社会の仕組みを冷静に分析しているだけだ」 「恵まれる立場になったら、そうでないひとのことはどうでもいいですか」 「もとから他人のことなんてどうでもいいし。恵まれる? 笑わせんなよ。恵まれてないからこそ現実的な考えができるんだ。あんたと違って」  ああ何で。  何でこんなことで亨と言い合っているんだろう。  あんたのこういうところが駄目だとか気に食わないとか、喧嘩するなら、そういったことで喧嘩したかった。たとえば時間にルーズだとか食べ方がきたないとかひとの話を最後まで聞かないとか……残念ながらそのどれも享には当てはまらないのだけれど。こんな、まったくどうでもいいものを真ん中に挟んで、互いに回り込むようにパンチを繰り出すみたいなことはしたくなかった。ったく、何で補助金の不正受給なんてしやがったんだ、と、別の角度から件の施設を憎々しく思う。何でこんな無駄に大きくなった話なんか。 「ていうか、ひとは打算的なイキモノなんだから。そうならないようにルール作りをしていくのが政治の仕事なんだろ」  しばらくの沈黙ののち、享が口をひらいた。 「ひとを選ぶ、という行為に、たまらなく嫌悪感を感じるんです」 「いいじゃねえか、あんたはいつも選ばれてきただろ」 「だからです。何故選ばれるのか分からないままに選ばれてきたから」  何と答えていいか分からず、生まれてしまった沈黙。それを埋めるように、すみません、と享が呟く。 「でもひとを選ぶ、って、選挙なんか、その最たるものなんですけどね」 「あ……そうだな。そうじゃんか、何を今さら」  享が顔を上げ、ふっと笑う。そのことに情けなく、ほっとしている。  この話は終わり、という風に、享の肩を叩く。  そのあとに享が漏らしたため息は、聞かなかったフリをした。  それからほどなくして、ネットニュースで取り上げられたのをきっかけに、補助金不正受給問題はまたたく間に世間に知られるところとなった。

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