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第79話
「味覚も変わっちゃって。それまで嫌いだったものが急に好きになったり。特にトマト。何か分かんないけど生からドライから狂ったようにトマト食ってました。何かあるんですよねえ、そういう、つわりのときでもこれだけはいける、って食べ物が。でも相方は『俺が上手く料理したからだー』ってずーっと思いこんでますけどね。訂正するのも面倒なんで。それで気分よーく料理してくれるなら、幸せな勘違いをさせ続けてやろうかと思って」
「相方さんが料理してくれるんですか」
「それが本職なんで。本当は家に帰ってまでやりたくないだろうから、申し訳ないなあとは思ってるんですけど。でもこっちだって仕事したり子どもの面倒見たりで疲れてるじゃないですか。そんなときにあいつを動かすいい言葉があるんです」
「何ですか」
「『俺が作るよー』って言うんです。そしたら慌てて、『いいよいいよ俺が作る』って言ってくれるんで。俺も何回か作ったんですけど、たぶん、とても食えたもんじゃなかったんでしょうね。俺が台所に行っただけで料理が不味くなる、とばかりに締め出しを食らって、今は全然、立ち入らせてくれません。一度砂糖と塩を逆に詰め替えちゃったこともあるんで。入れる前にちゃんと確認しないあいつも悪いと思うんですけど……って、すみません、自分のことばっか喋っちゃって」
「いえ、おかげで少し気が紛れました」
「仮眠室の鍵は総務で管理してますから。いつでも言ってください」
もしかしたら彼も、今までこんなことを話せる相手は他にいなかったのかもしれない。オフィスに戻ったとき、「郵便局ってずいぶん遠いのねえ」と彼が嫌味を言われているのが聞こえ、申し訳なく思う。
子ども、という共通項は偉大だ。
あまり深く関わることはないだろう、と思っていたひととも、一気に距離を縮めてしまった。このつらさを経験している、というだけで、どんなひとでも簡単に尊敬してしまえそうだった。
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