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第81話
ぽこぽこ、と、それこそお腹の調子が悪いと勘違いしてしまうような胎動から、はっきり動いている、と分かり始めた頃だった。
胎教によいと言われるクラシック音楽を流していたものの、趣味に合わないものはいらいらするだけだ、と、音楽プレーヤーを止める。止めたら止めたで、静かすぎて落ち着かない。いらいらの原因は音楽だけじゃなかった。ここ数日、亨の帰りが遅い。やっと帰ってきた、と思っても、電話でずっと話していたり、そこからまた出かけていったりする。「大丈夫?」と訊くと、「朱莉さんは何も心配しなくて大丈夫です」と取り繕われる。相変わらず嘘が下手というか、『心配させないように振る舞う』ことが下手だ。しかし亨が必死で取り繕っているものを、無理矢理暴くのも気の毒だ。
左手で腹を撫でながら右手でスマホを、できるだけお腹から離しながらいじる。真偽のほどは定かではないが、電磁波が赤ちゃんによくないらしいので、できる限りの自衛はしておく。むしろ電磁波云々より、スマホをさわらなくなったことで、無駄に何時間もゲームしたり課金したり夜ふかししたりといったことがなくなったのは思いがけずよかった。
享からのメッセージはない。何か送ろうかと思って、やっぱりやめた。気まぐれにニュースサイトを検索すると、芸能人の妊娠中のゲス不倫がトップに来ていた。
不倫、か……
うぬぼれでも何でもなく、享は不倫なんかしないだろうと、妙な確信がある。むしろ不安なのは自分の方で、当然かもしれないけれどすべてが子ども中心、自分の身体中心で、享の優先順位が日に日に下がってきているのを実感している。うまれたら大変さは今までの比じゃなくて、それはもっと加速する。そうなったときに無意識に享を傷つけてしまいそうな怖さがあった。
何の気なしに画面をスクロールし、とある見出しが目に留まった。
《独占取材! 補助金不正受給問題を追及していたS市議に特大ブーメラン!》
嫌な予感がして見出しをタップしたが、有料記事になっている。どうしようか迷っているところに、丁度亨が帰ってきた。
「おかえり」と、普段そんなことはしないのに、わざわざ玄関まで出迎えに行ってしまう。亨が無造作に置いた鞄の中に、週刊誌の記事らしきものが見えた。否が応でも鼓動が早くなる。亨が風呂に入っている隙にこっそり抜き出す。ネットとほぼ変わらない見出しが、でかでかと、紙面の上半分を埋めつくしている。
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