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第86話
週刊誌が発売されると、他のメディアからも一斉に追い回されるようになった。つがいである朱莉も標的になった。
「川澄朱莉さんですよね?」とマイクを向けられたとき、痴漢に遭ったとき以上の恐怖を感じた。何も答えられずにいると、記者は畳みかけてきた。
「鷺宮享さんのつがいの方ですよね。ちょっとお話聞かせてもらってもいいですか。今回の鷺宮議員の疑惑についてはご存知でしたか? 享さんは何て仰っておられましたか?」
「えっと……ちょっとよく、分からないんで……」
歩くスピードを速めれば、速めたぶんだけぴったりついてきて気味が悪い。
「享さんとはどのようにお知り合いになられたんですか。鷺宮議員は息子のつがい候補に向ける目も厳しかったとか。そんな彼女のお眼鏡に敵うためには、そうとうの苦労があったかと思うんですが」
「別に何も……彼とはただ、惹かれあって一緒になっただけですし」
言うとわざとらしく口笛を吹かれた。無視を決め込めばよかったと後悔する。
「彼は何も悪いことなんてしてないじゃないですか。ただアルファに生まれただけなんですから。それに鷺宮議員のことは……事務所のことはよく分かりません」
「でも選挙活動を手伝っておられましたよね? 事務所にも出入りされていたようですが」
「あれはまだ付き合い始めた頃の話で……たまたま人手が足りなくて、チラシ折ったりポスター貼ったりした程度のことですから」
一体どこでそんな情報を手に入れたのか。
ここまでくると、亨とのセックスまで覗き見られているんじゃないかと疑ってしまう。
マスクやサングラスをして、カメラのレンズを隠すように手を翳して強引に振り切ろうとする芸能人やら議員やらをテレビで見て、みっともないと思っていた。疚しいことがなければ、堂々としていればいいのに。でも今、同じ立場になって初めて分かった。追い込まれるとどうしても、そういう態度になってしまうのだと。そして今の朱莉の姿を見たひともやはり、「みっともない」と、同じような感想を抱くのだろう。『よく分からない』って、そんなことないだろう。『悪いことしてない』って、している奴に限ってそういう風に言うんだよな……と。
「とにかく、お話するようなことは何もないんで」
ちょっと待ってくださいよ、と記者が前に割り込んでくる。そのとき肘が腹に当たりそうになって……
「やめてください!」
思わず声を荒げて、庇うような仕草をしてしまったのがいけなかった。
「あれっ、川澄さん、もしかして……」
パッと見は気づかれにくいが、意識して見られたら分かる程度には膨らんでいる腹。
「もしかして妊娠されてます? いやぁ、今まで気づかず失礼をいたしました。おめでとうございます。何ヶ月ですか?」
「五ヶ月、です……」
答えたくないのに。答えたらロクなことにならないと分かっているのに。それなのに答えさせられてしまっている。
「そうですか。じゃあそろそろ性別が分かる頃ですね。もう分かってるんですか? 男の子? 女の子?」
そして記者の口元が、にやりと歪む。
「まだ分からない? ああでも、オメガ……じゃないですよね?」
「なっ……」
「バース性はもちろん検査されてるんですよね? 海外で。だってあの鷺宮議員が許さないでしょう? 後継者を作らないといけないプレッシャーは半端ないですよね。アルファじゃなきゃ絶対許さない、って感じじゃないですか。あ、こんなこと、オメガのあなたに言うのは失礼かもしれませんけど」
「後継者……じゃ、ない……」
腹に当てた手が震えそうになるのを何とか堪える。
聞かせてはならない。聞かせてはならない。お腹の子に、こんなきたない、醜い話を聞かせてはならない。守らなければ。守らなければ……
その一心だった。
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