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第89話
他にもこういう『関係者』はきっと出てくるんだろう。出てきて、したり顔で喋るんだろう。そして喋ったコトは、誰にも疑われることがないまま、『真実』になるんだろう。
どこから嗅ぎつけたのか朱莉の会社にも記者が押しかけてきたため、自宅待機を命じられた。『朱莉ちゃんは何も悪くないんだけどね』と、取ってつけたように上司が言った。『有名人のつがいになっちゃうと大変だね』
でも今まで恩恵を受けていたんだからしようがないよね、と、言外に滲んでいた。
享には、有給を取った、と伝えた。
これを機会に普段はできないことをしよう、と、思い立ち、ネットスーパーで食材を買い込んで料理をすることにした。レシピの手順どおりにすれば当たり前に完成する。そのことが心地よく、無になれた。しかし作るスピードに食べるスピードが追いつかない。冷凍庫がいっぱいになってとうとう諦めた。
テレビは子ども番組しかつけないようにしていた。
しかしうっかりチャンネルを押し間違えてしまって、そのとき丁度、『中継です』の声とともに、さぎみやはるこ事務所の様子が映し出された。やばい、と思ったが、マイクを向けられた人物を見て、チャンネルを変える手が止まった。亨だ。丁度享が車から降りてきたところだった。
馬鹿……!
思わず心中で叫んでいた。
馬鹿、何でこんな撮ってください、というようなタイミングで帰ってくるんだ。せめて裏口から入るとかやりようがあるだろうが。案の定、激しくフラッシュが焚かれ、『フラッシュの点滅にご注意ください』というテロップが下に出る。けれど朱莉は、両の目をしっかり見ひらいて、成り行きを見守った。
今まで何人もの『疑惑のひと』がやってきたように、さっさと事務所の中に逃げ込んでしまうかと思った。でも亨は「危ないですよ、もうちょっと下がっていただかないと、挟んじゃいますよ」なんて言いながら、車のドアを、丁寧な、いつもと変わらない丁寧な動作で閉めている。そのまましばらく車の前から動かないかったから何をやっているのかと思いきや、「あれっ、閉まらない」「閉まった」「あっ、あいちゃった」と、デジタルキーをがちゃがちゃやって、何度も車をピーピー言わせている。
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