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第90話

 一体を何をやっているんだ、と、朱莉だけじゃない、これを見たすべてのひとが思っただろう。  ドアはようやく閉まったらしく、亨が振り返る。振り返るやいなや、またじわり、と、報道陣の包囲網が狭まる。けれど亨は落ち着き払っていた。その落ち着きぶりに、逆に報道陣の方が『飲まれて』しまっているのが分かった。シャッター音はバシャバシャとうるさいのに、質問が飛んでこない。 「さて……」と、辺りを見回しながらぽつりと、亨が漏らす。はにかみながら。「どこからお話ししたらいいんでしょうね」  雷に打たれたよう……と言えば大袈裟かもしれない。  でもその瞬間、唐突に、思った。  ああこのひとは……ひとを……惹きつける。  カリスマ、という単語から一般的に想像されるものとは違う、でも、否が応でもひとが視線を向けてしまう『何か』をこのひとは持っている。  何でこんなときに気づいてしまったんだろう。  これだけ近くにいるくせに、どうして、こんな、テレビを通して見たときに、一番彼のことを『分かって』しまったんだろう。 「こっ、今回の疑惑について鷺宮議員はどのようにお考えですか」と上擦った記者の声を、まるで自分が発したかのように錯覚した。 「鷺宮議員はオメガの子育て支援に力を入れられていましたよね。そんな議員がそもそも子どもがオメガだと分かった時点で堕胎していた、というのは、議員の姿勢としてどうなんでしょう」「言ってることとやってることが違いますよね」「票集めのために、Y自立支援施設を利用したという話もありますが」  誰かが口火を切ると、そこからは大合唱になる。  当を得ない質問も、挑発のような質問も、亨はすべて、同じ表情で聞いていた。

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