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第93話

「昔……本当に昔、幼稚園の頃の話ですけど」 「本当に昔だな」 「皆で紙芝居を見ていたとき、自分がたぶん、ぐずったからだと思うんですけど、紙芝居を読んでいる先生の膝の上に乗せてもらえたことがあって。そのとき見た光景にちょっと似てるな、とも思ってたんです。紙芝居を見ているより、ひとりひとりの顔を見ている方が面白かった。でも、ああそうか、自分が皆を見ているってことは、皆から見られているってことなんだな……ってそんなことを大発見みたいに思って、妙に感動したりして。ちょっと変な子どもでしたね」 「今だって変だよ」  言いながら、亨の肩に頭を預けた。  妊娠が分かってから、セックスをしていない。だからからか、前よりも、ふれている、ということを意識する。ふれているだけで幸せだ、と、使い古された恋愛ソングの歌詞のようなことを、素直に思う。 「あのとき亨がそんなことを考えていたなんて、想像つくひとなんてひとりもいない」 「ですね」 「知っているひともひとりもいない。いなかった。今まで」  言葉に乗せられない思いを伝えるように、手を握った。  週明け、さぎみやはるこは議員辞職した。

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