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第95話

 朝起きて少し、お腹が張っているような感じがした。  でも大騒ぎするほどのことではないだろうと、朝食を作り、亨を送り出した。最終面接を控えている亨に余計な心配をかけるわけにはいかなかった。  気のせいだろうと(気のせいにしたくて)横になったが、痛みは増していった。会社には、病院に行くと連絡を入れた。念のため血圧を測ると、いつもより高かった。けれどそれが自分の身体にどう影響を及ぼしているのか、まったく分からなかった。  吐き気とふらつきで、立っているのもやっとだった。机や椅子の背もたれ……掴めるところを綱渡りするようにしながらでないと歩けなかった。椅子の背もたれから手を離すと、掴んだところがぐっしょり濡れていた。  何とか着替えてバス停まで行ったところで、丁度目の前をタクシーが通りがかったので、手を上げた。しかし身重で具合悪そうで、面倒くさそうな客だと思われたのか、スルーされた。その様子を見てくれていたのか、バス停でバスを待っていたひとりの女性が駆け寄ってきて、別のタクシーを停めてくれた。やっとタクシーに乗れたが、ほんのちょっとの振動でも意識が飛びそうになった。煙草の臭いを消すためか、消臭剤の甘ったるいにおいもまた気持ち悪さに拍車をかける。口で呼吸していると、腹の上に涎を零しそうになって、慌ててハンカチで押さえる。  病院に着いたときには自力で歩けなくなっていた。腹が突き刺すように痛い。これが陣痛? いやまさか。だってまだ二十七週だ。うまれるには早すぎる。  看護師さんが迎えにきてくれ、車椅子で診察室まで運ばれた。通い慣れたはずの病院が、まるで別の場所のように見えた。運ばれながら、「胎動はありますか?」と訊かれたが、胎動なんて分からないくらいの痛みだった。出血はしていない……と思ったが、下半身は汗びっしょりだったから、ちょっとぐらい血が伝っていても分からないだろうと思った。痛みで変なところに力を入れすぎていたせいで、そもそも感覚もなかった。

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