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第96話

 エコーを当てていた先生の手がぴたりと止まった。マスクをしていて表情が分からないのが、じれったかった。白黒の画面を見ても、何が起こっているのかさっぱり分からない。けれど、 「残念ですが」  そのひとことで、ひといきに、すべてが分かってしまった。  残念……残念って……一体何が……?  たいばんはくり、しゅっけつが、きんきゅうていおうせっかい、ますいのりすくが、どういしょにさいんを、ごかぞくにれんらくを……  耳に届いているはずなのに、意味を理解できなかった。意味を理解できていないのに、「亨には、今は報せられません」とだけは、いやにはっきり言っていた。何も分からないけれど、それだけは分かる。亨に報せちゃいけない。亨の邪魔をしちゃいけない。それだけが今の自分にできる唯一のこと。それなのに看護師は執拗に、「大丈夫ですか」と訊いてきた。  大丈夫なわけあるか。  大丈夫か大丈夫でないかで言ったら、全然、大丈夫じゃない。  でも他に選択肢がないから、「大丈夫」と言うしかないんだ。  これから切り裂かれるお腹に鎧を纏うように、「大丈夫」と繰り返していた。大丈夫、大丈夫、大丈夫です、大丈夫、大丈夫だから、だいじょうぶ、だいじょうぶ、だいじょう……  ああ、どうしてお腹がこんなに痛いんだろう。子どもは死んでいるのに、どうしてこんな、内側から押してくるみたいな、外に出たがっているみたいな感じがするんだろう。ここにいる、いるから、いるから、と、やかましく主張するみたいに痛むんだろう。  お腹の痛みとともに心中するんだ。  お腹に手を当てた瞬間、そう思った。子どもはもうとっくに死んでいるのに、これから死にに行くのだ、と。

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