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第98話

 今までに中絶は、二回、した。  一度目は高校一年のときだった。  同じ陸上部の部長と親しくなって、すぐにそういうことをする関係になった。初体験だった。  いいにおいがする、と、彼はよく後ろから抱きしめてきた。川澄にさわっていると幸せな気持ちになれる……  それが愛の言葉だと信じて疑っていなかった。  誠実なひとだった。  浮気をしたり、オメガだからと下に見たり、無理矢理つがいになろうと迫ってきたり、なんてことはなかった。発情期が来てパフォーマンスが落ちたときも、他の部員に気づかれないように庇ってくれた。部長をしていたくらいだから人望もあって、とても大人に見えた。  でも唯一、未来に対してだけは、誠実ではなかった。  避妊はしていたつもりだったのに、子どもができた。  すると部長は態度を一変させた。  何が何でもうみたい、とか、責任を取れ、とか迫ったわけじゃない。部長を困らせるつもりなんてなかった。ただ一緒に考えてほしかっただけだったのに、話を聞くどころか、目も合わせてくれなくなった。  言ってしまったのがいけなかったのだ、と、自分を責めた。言わなければよかった。余計なことを言わずにサッと堕ろして、何食わぬ顔をしていればよかった。  オメガだからって馬鹿にして、息子を何だと思っている、許せない……と息巻く両親を思い留まらせるのに苦労した。愚かにもそのときは、余計なことさえしなければ部長は戻ってきてくれると、甘い期待を抱いていたから。  しかし結局部長は、付き合ったことなんて一度もない、みたいな態度を最後まで変えてくれることはなかった。

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