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第100話

 ピッ、ピッ、という、機械音で目が覚めた。  腕や喉、いたるところに管が刺さっていて、喋ることも、指先をぴくりとも動かすことができなかった。  看護師さんか、お医者さんか……いろんなひとが入れ替わり立ち替わり話しかけてくる。 「意識を失われていたのでICUで様子をみていました。しばらくしたら一般病棟に移れるようになりますからね」  まばたきすらも覚束なかったのに、どうして朱莉が『聞こえている』と自信を持って話しかけてくるのか分からなかった。 「最悪な状況も考えられましたけれど、頑張りましたね」  最悪な状況、というのが、何を意味しているのかしばらく分からなかった。だってもうとっくに、最悪な状況に陥っているじゃないか。  ベッドから丁度見える位置に時計があって、目を閉じ、あけるたびに、ざく、ざく、と、大ぶりに針が動いていった。針が動いているのではなく、それだけ眠ってしまっていたのだ。目覚めると同時に切り裂かれるような、内臓を掻き回されるような、様々な痛みに襲われる。痛みの種類が多すぎて、どこがどう痛いのかもよく分からない。のたうち回るような痛み、というが、のたうち回ることもできやしない。注射を打ってもらったが、すぐに効き目は切れてしまった。  二日目になって薬が変わると、いくらかマシになった。  終わったんだ、と、痛みが薄れた瞬間、ぽつりと思った。終わったんだ。終わってしまった。今まで育ててきたものが、なくなってしまった。子どもを授かってからの五ヶ月間が、真っ黒に塗り潰されてしまったようだった。その墨塗りの範囲は徐々に広がり、いずれはすべてが真っ黒になって、自分ごと消えてしまうような感じがした。  一般病棟に移される際、赤ちゃんの泣き声が聞こえてきて反射的に、 「赤ちゃんはどうなりましたか」  と、看護師さんに訊いてしまい、しまった、と思う。  どうなった、って、亡くなったに決まっているじゃないか。 「赤ちゃんに会われますか」と訊かれ、覚悟が決まらなかったので、「亨と一緒に会います」と答えた。

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