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第102話

 手形や足形をとり、一緒に昼寝をした。最後の時間、と思えば思うほど、何をしていいのか分からなくなり、また、何をやっても満たされることはないのだと悟った。泣いて泣いて、感情もすべて流しきってしまったと思ったのに、「骨が残らないかもしれないから、髪を切ってあげませんか」と助産師さんに言われたとき、「そんなの困ります」と、みっともなく食ってかかっていた。「困ります。えっ、困ります。骨が残らないってどういうことですか。この子がいた証がまったく残らないってことですか。残りますよね。火力によって調節できるんじゃないんですか。何とかしてもらわないと困ります。灰は……せめて灰は持って帰れるんですか?」  骨が何だ。  骨が残らないくらい何だ。  だったら何故。  何故『あのとき』お前は、残すことにこだわらなかった…… 「大丈夫だよ。そういう設備が整っているところを選んだから」  と、亨に肩を抱かれる。 「大丈夫? 本当に大丈夫?」 「ああ、大丈夫だよ」 「絶対?」 「ああ、絶対」  絶対、なんてありえないから、そんなリスクを負う言葉、このご時世、誰も言ってくれやしない。でも自分に唯一、それを言ってくれるのが亨なのだ。  外出はまだできない状態だったから、亨にすべてを任せることになる。車椅子で病院の出入り口まで見送りに行き、そこで車に乗り込む亨の後ろ姿を見て、また、泣いた。 「ちゃんと骨、残ってたよ」  亨は二時間ほどで戻ってきた。  亨が袋をサイドボードに置いたときは、ずいぶん大きい、と思ったけれど、袋から出し、包んでいた布を取ると、手の中に握り込めてしまうくらいに小さな骨壺だった。結局亨は、朱莉がいる前で最後の布は取らなかった。亨が帰ったあと、こっそり布を取って蓋をあけた。これが骨かな、と思ったけれど、「ちゃんと残っている」と言えるようなものではなかった。蓋を閉めるときに、カタカタカタ、と、陶器がぶつかり合う音が響いた。  翌日、診察を受けた際、もう二度と子どもが授かれない身体になったことを聞いた。術中に大量出血をしたため、命を守るにはしかたのない処置だった。

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