104 / 150
第104話
神さまの嫌がらせだ。
子どもがうめなくなっても、発情期は来るなんて。
朝起きるなり、下半身に濡れた感触を感じる。この様子だとシーツの下まで染みている。早くきれいにしないと……
なのに起き上がることができなかった。
上半身だけ起こしたままで虚空を見つめていると、隣で寝ていた亨も気づいたらしく、身体を起こした。
「朱莉さん」
背中に手を回され、思わず身体ごと預けてしまいたかった。でも、亨の手のぬくもりを、『あたたかなぬくもり』ではなく、発情した身体はすぐに『いやらしい熱』に変換してしまう。それが嫌で嫌でたまらず、身を引いた。
「き、ちゃったみたいだから」
布団を剥ぎ、ベッドの下に足を出し、亨に背を向ける。
「きちゃった?」
「発情期」
立ち上がろうと力を入れたところで、腰をつかんで引き寄せられた。後ろ髪に、ふっ、と、亨の息を感じる。
「駄目っ、そこ、濡れてるか、らっ……」
なのにさらに強く抱き寄せられ、尻から垂れる液で亨の太ももを濡らしてしまったのが分かった。尻にぐっと食い込むものを感じただけで、甲高い声が漏れてしまう。腰のあたりから亨の手が這い上がってきて、乳首を掠める。ニ、三度撫でられただけで、パジャマの上からでもくっきり分かるくらいに勃ち上がってしまった。こんな浅ましい姿、気づかれたくない、と腰を曲げたときに、乳首なんかの比にならないくらい、ペニスがズボンを押し上げているのが目に入る。じわじわと染みが広がるそこに、羞恥心を過度に煽らない手際のよさで、亨が手を伸ばしてくる。握られ、先端から溢れているものをすくい取られ、根元まで扱かれ……そのたびにいちいち、「あっ」「んっ」と声が漏れる。
くちゅくちゅくちゅ、と響く水音。身をよじっていると、ちゅるっ、と、今までないくらい大きな音がして、耳元を舐められているのだと気づく。
「……めて」
亨の膝の上に乗る格好になる。
ぎし、とベッドが鳴る。本格的に亨がコトを進めようとしていることが分かる。
「やめて亨もういいっ」
本気度が伝わったのか、亨の手から力が失われていく。
「もう……嫌だ」
「朱莉さん」
「何でこんな……はつじょうき、とか、来るんだよ……意味分かんねえ。あるふぁのせーえき、もらっ、たって……もう子どももできないのに。ほんっと、無意味っつーか。嫌になる。何で、何で、何で……」
「私は、よかった、って思います」
亨の手は添えられるだけになっていたけれど、結局亨の腕の中から出ることはできなかった。
「朱莉さんと愛しあっていいんだ、って許可をもらえたみたいで。朱莉さんは、子どもができないのなら、セックス、したくないですか」
亨の口からセックス、という直接的な単語を聞くとは思わなかった。でも亨が言うと、ちっとも卑猥に聞こえなかった。赤裸々だからこそ、誠実だと思った。
「というより、すみません、朱莉さんがしたくなくても、私が、したい」
「謝んな」
腰を浮かせる。張りつめている亨のものが、さっきから尻に当たっていた。
「謝らなくていいからぁ……ああっ」
後ろ向きのまま、亨のものを受け入れる。敏感な部分だけでなく、亨の粘膜にふれている部分、すべてが気持ちよかった。ゆるゆると突き上げられたところから、じわじわと気持ちよさが広がっていく。気持ちいい。気持ちよくなってしまう。ごめんなさい。
ここから子どもはうまれてくることはなかったのに。
満たされる悦びと喪失感を同時に感じる。
お腹の傷を見下ろしていると、丁度そこに亨の手が伸びてきた。ふれられた瞬間、視界がぼやける。たまらず天を仰いだ。
「ああっ……やだっ、亨っ……気持ちいい、亨で、気持ちいい、亨で、いっぱいになってる……そこっ、もっと、突いて、もっと、もっと、もっとぉ……!」
抜けてしまいそうなほどの勢いで、自ら腰を振った。ひとをひととも思わないクソアルファに抱かれて、壊れてしまう、と恐怖を感じたことはあった。でも壊そうと思っても、そうは簡単に壊れやしないのだ、人間は。
喘ぎ声が、泣き声に似ていると思ったときもあった。本当に自分が悦んでいることを伝えられているか不安に感じて、わざとらしく喘いだときもあった。でもやっぱり、喘ぎ声と泣き声は、全然、違う。涙で鼻が詰まって、息が苦しい。顔を手に持っていくと泣いていることがバレてしまうと思い、ひたすら上を向き続ける。いや、もうとっくにバレているだろう。だっていつもはキスをしながらやりたがる亨が、全然こっちに顔を向けてこない。
「朱莉さん、朱莉さん……」
そう言う亨の声も、心なしかくぐもっていた。
ともだちにシェアしよう!