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第106話

 真っ暗で、何も見えない。それなのに不思議と、目の前に広がる闇が『うねって』いるのが分かった。遠くにぽっかりとあいた、穴。それがゆらゆら、右へ、左へ、動く。急速に穴は大きくなって、朱莉を飲み込む。身体が引きちぎられてバラバラになる。血も骨もなく、繊維のようになって漂っている。 『どうしてうんでくれなかったの?』  それは女の声だったり、男の声だったり、子どもだったり、老人だったり。聞き覚えのあるような、ないような。でもはっきりと、誰、と特定できるものでもない。  極限まで拡散したものが、極限まで収縮したかと思うと、また拡散する。ビッグバンとその早戻しを見ているかのよう。  千切れた闇が四隅に寄ったかと思うと、今度は極彩色の中に放り込まれる。赤、黄、オレンジ、ピンク、緑……どんな法則性があるのか分からない。一面ぐるりと正方形のタイルで覆われた部屋。ひとつひとつ、色を確かめていくと、確かめたそばからタイルの形が崩れ、混じり合い、どす黒い色に変わっていく。自分が見てしまったからだ。駄目だ、見ては。でも目を閉じることができない。視線を固定することができない。自分の身体も、タイル状になって剥ぎ取られていく。 『どうしてうんでくれなかったの? どうしてうんでくれなかったの? ねえ、どうして?』  耳をふさぎたい。でも手がない。そもそも耳がどこにあるのかも分からない。 『どうして?』  ぼとん、と、目の前に何か、ボールのようなものが落ちて、跳ねた。その表面がぱっくり裂けたかと思うと、ぎょろりと目玉が現れた。 『うむこともできたくせに』

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