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第107話
あああああああああああっ!
絶叫しながら飛び起きたつもりだったけれど、実際声は、たぶん、出ていなかった。目尻が乾いた涙で引きつる感覚がする。
知らない天井だった。
いや、ここは病院の個室だ。
レースのカーテンに映り込んだ木々の影が揺れている。天井にも、穏やかに打ち寄せる波のような光の帯が見える。シーツには皺ひとつなかった。
ゆっくり起き上がると、どこからか啜り泣く声が聞こえてきた。
スリッパを履き、病室を一歩出て、確信する。
ああ……ここは、知ってる。
ここは以前、子どもを堕ろした病院だ。
泣き声以外、物音も、話し声も、ひとの気配も感じられない。
ひとつの個室のドアが僅かにあいている。そっとふれただけで、ドアは簡単にひらく。こちらに背を向けて、誰かが泣いている。何とか必死に押し殺そうとしながら。
何でそんな泣き方をしているんだろう。
誰にも聞かれたくないのなら、ドアを閉めて閉じこもってひとりで泣けばいい。聞かせたいなら、病院の隅々にまで届くぐらい号泣すればいい。どうして朱莉にだけ分からせるような形で……
面倒くさいな、と思った瞬間、そいつが振り返った。顔を見て、息が止まった。
そこにいたのは、自分だった。
「醜いだろ」と、『自分』が言った。
「赤ちゃんいなくなって悲しい、って、お前なんかが泣く資格なんてないんだよ!」
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