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第110話

「団子……作られるんですか」 「料理が趣味なんで。あ、仕事なんで。いや、趣味なんで」  どっちだよ。 「桜餅白餅よもぎ餅……美味しそ……いや、いい名前ですね」 「いや流石に『餅』はついてませんけどね。このご時世、外で子どもの名前呼ぶのも怖いじゃないですか。どこで悪いひとに聞かれてるかも分かんないし。三人まとめて串にさされちゃったらどうしよう……なーんて、実はとっくに先に串刺しにしちゃったんですけど、ほら見てくださいよ、これ」  そう言って彼は、スマホをこちらに向けて見せた。今流行りの寝相アートというやつだろうか。お皿に見立てられたシーツの上に並べられた三人。ご丁寧に傍らに湯飲みが置かれている。 「美味しそうでしょー……あ、違う、面白いでしょー。たまにはこういうので遊ばないとやってられないっていうか」 「いいですね、お子さんがいらっしゃると、楽しそうで」 「楽しいことばっかじゃないですけどね。うまれる前はこんなことになると思ってなかったんで」 「そうですね。俺も……うまれる前は、普通にうまれてくるものだと思っていました」 「えっ……」  耐えきれず、その場をあとにする。歩き出したものの、どこに行くか決めていなかった。ふっと気を抜くと立ち尽くしてしまいそうだったので、右、左、右、左、と心の中で唱えながら歩いた。ああそうだ、あとで亨がここに来るのに、勝手に移動したら亨を困らせる。連絡を取らなきゃ、と、ポケットからスマホを取り出し、黒い画面に映っていた自分の顔が見るに堪えない顔だったので、またポケットに仕舞いなおしてしまう。あと三歩、二歩、一歩でエネルギーが切れてしまう。その直前で、また、どん、と、後ろから子どもにぶつかられた。さっきの三つ子のひとりで、白い服を着ている子だった。べったりと朱莉の足元にくっついて離れない。そしてそのままずるずるとしゃがみ込んでしまった。そうして見ると本当にお餅がくっついたみたいだ。思わずくすりと笑ってしまって、でも次の瞬間、今までにない、反動をつけた悲しみに襲われた。眉と唇がぶるぶる震えて止まらない。堪らずしゃがんで、抱きしめる。朱莉の様子がおかしいのに気づいたのか、ぐずりだして逃げだそうとする。 「行くなよ!」  思わず声を荒げていた。びえ、と、今にも泣き出しそうなのが分かった。でも力を緩めることができなかった。

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