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第117話
「朝は皆さんお忙しいですからね。ご挨拶だけできればいいと思います」
亨のあとに続けて、「おはようございます」と頭を下げる。自分でもびっくりするくらい弱々しい声になったので、これではいけないと声を張る。しかし張りすぎると、亨より目立ってしまう。
立っていたのは三十分にも満たなかったのに、一年分くらいの「おはようございます」を吐き出した気がした。
「有り難うございます。あとは私ひとりで大丈夫ですから」
「ごめん。たいして何もできなかった」
「そんなことないですよ。母の活動を間近で見てきて、分かっているつもりではいましたけど、いざ自分がひとりでするとなると、緊張してしまいますから。いてくださって心強かったです」
こんなに説得力のない『緊張している』もないなと思った。亨はきっと、大観衆の前でも、偉いひとの前でも、同じように涼しい顔をしているに違いない。
「朱莉さんもお仕事頑張ってください。いってらっしゃい」
その『いってらっしゃい』が、皆に向けるものとは少しだけ違っていたことが、嬉しかった。
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