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第121話

 負けられない戦い、という言い方が、決して大袈裟なものではないのだと、事情が徐々に飲み込めてきた。  今回は一議席を巡る争いだが、その議席はもともとさぎみやはるこ属する新明党のもの。しかも議席の失い方が、自ら招いたスキャンダル。勝っても元の状態に戻るだけ。勝って当然。負けたら、世間から、というより、党からの視線が厳しくなり、今後政治活動を行えるかどうかも分からない。  さぎみやはるこのイメージを払拭すべく、演説内容も、世代交代や、対特権階級を打ち出したものになっていたが、享が本当は母親のために出馬を決めたことを知るひとは、一体どれだけいるだろう。  帰ってくるなり享が、 「疲れた」  とソファに倒れ込んで動かなくなる。こんなことは初めてだった。疲れた、とか、しんどい、とか、今まで聞いたことがなかったから、よっぽどなんだろう。スーツが皺になるのも構わず、横になっている。 「汗かいたままで寝ると風邪ひいちゃうから」 「ん……」  腕を上げさせ、スーツを引き抜く。 「何か食べる?」 「そうですね。用意していただいているのなら。ないのであれば、別に……」 「だから俺に対してはいいんだよ、そんな余計な気遣いは」  脱がせたシャツを、顔面に押しつけてやる。 「そんなんじゃぶっ倒れるだろ」 「じゃあ、カレーが食べたいです」 「前にどっかで聞いたことがある。何が食べたいですか、って訊かれたとき、何でもいいって言うとかえって相手に気を遣わせるから、カレー、って言うのが一番無難だって」 「朱莉さんこそ変に気を回しすぎですよ。疲れてるときは辛いものが食べたくなるんです」 「レトルトしかないけど」 「大丈夫です。その方が美味しいですから」 「それは余計」

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