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第123話

 現実の享はくたくたなのに、印刷物の享はいつまでも溌剌としている。  多くの推薦者から届けられた公選ハガキを机の上に並べながら思う。公選ハガキは選挙期間中、有権者に公費で送ることができる。見ず知らずの候補者からいきなりハガキが届いても不審がられてしまうから、あらかじめ推薦者の名前を書いてもらい、「〇〇が推薦しています」と、推薦者の知り合いに向けて送る形が一般的だ。しかし送ることのできる枚数は上限があるから、宛名が重複している場合は除かなければならない。宛名の、あいうえお順に並べられたハガキと睨めっこしていて、何だかカルタ取りみたいだな、と思っていたら、まさにこの作業は『カルタ取り』と言うのだと知った。  これだけのひとが亨を応援してくれている、と目に見えると、当選も近いのではないかと思える。けれどさぎみやはるこのときは、もっと多くの公選ハガキが集まったとも聞く。  これをしたら絶対当選する、というものはないのがつらい。これだけ頑張っているんだから当選させてほしい、と、亨を近くで見ているから思う。でも他の候補者だって、きっと同じように頑張っているんだろう。  事務所に貼られた『告示日まであと〇日』の日めくりカレンダーの数字が徐々に減っていき、一桁台になると、かえって遠い出来事のように思えるから不思議だった。  クリーニング店にスーツを取りに行こうとしたら、「一緒に行きます」と亨に呼び止められ、車の鍵を奪われた。 「えっ、でも……」  選挙が終わるまでは何かあってはいけないと、車の運転を止められていた。そんなこととは露知らず、亨の運転する車に乗っていたところを秘書に見つかり、立場を弁えろとこっぴどくやられたことがあった。 「すみません。ちょっと息抜きしたい」  そういえばふたりきりで出かける、なんてのもいつぶりだろう。  バタン、と車のドアを閉めると、世界で一番落ち着ける場所になる。十分ほどの道のり。車のスピードはいつもより遅く、何度も信号で停まった。  商店街にある小さなクリーニング店。家からは少し遠いけれど、仕上がりがいいのでいつもそこを利用している。 「あら、亨くん、久しぶり」

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