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第124話
亨を見るなり、おばさんの顔がぱっと明るくなった。今までに見たことのない笑顔だった。口ぶりから、長い付き合いであることが分かった。
「初めてのおつかい、をさせてもらったのがここなんです」
朱莉が「へえ……」と答えるより先に、おばさんが「そうなのよ」と相槌を打つ。
「洗濯物を引きずりながらしか持てなかった子が、まさか選挙に出ちゃうなんてねえ」
「昔のことを知られているので、下手なことは言えませんね。そう、引きずってビニールを駄目にしちゃって、ハンガーにかけ直すこともできずにどうしよう、ってなっていたら、追いかけてきてくれて袋に入れ直してくれて」
「思い出すわ。ビニール袋で即席のリュックみたいにしてあげたの」
「家に帰ったら洗濯物はぐしゃぐしゃになってて。母にこっぴどく怒られました。初めてのおつかいでそんなものを頼む母も母なんですけど」
「お母さんは元気?」
「ええ」
おばさんがさぎみやはるこの話題を持ち出してきたとき、一瞬ひやりとしたが、亨の顔色は変わらなかった。
「お母さんもあなたのためを思ってやったことだと思うのよ。だからあまり、悪く言わないであげてね」
「だいぶ大袈裟に報道されちゃいましたからね。母対息子、って構図は分かりやすいから。僕自身は、母のことを恨んだりはしていませんから」
「何だかどんどん遠くに行っちゃいそうで怖かったのよ。ひとつ悪いことが見つかると、そのひとの全部悪い、みたいになっちゃうけど、人間、そんな単純なものじゃないでしょうに。店の前にあった崩れかけのブロック塀、直してくれたのはお母さんなのよ。コミュニティバスを通してくれたり。前のひとは何もやってくれなかった。そういうこと、外野は何も知らないものね」
頑張って、応援してるから、と見送られる。
亨が街のひとから愛されている、と思うと、誇らしい気持ちになる。そんな亨の傍に、ずっとずっといたいと思う。
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