124 / 150

第124話

 亨を見るなり、おばさんの顔がぱっと明るくなった。今までに見たことのない笑顔だった。口ぶりから、長い付き合いであることが分かった。 「初めてのおつかい、をさせてもらったのがここなんです」  朱莉が「へえ……」と答えるより先に、おばさんが「そうなのよ」と相槌を打つ。 「洗濯物を引きずりながらしか持てなかった子が、まさか選挙に出ちゃうなんてねえ」 「昔のことを知られているので、下手なことは言えませんね。そう、引きずってビニールを駄目にしちゃって、ハンガーにかけ直すこともできずにどうしよう、ってなっていたら、追いかけてきてくれて袋に入れ直してくれて」 「思い出すわ。ビニール袋で即席のリュックみたいにしてあげたの」 「家に帰ったら洗濯物はぐしゃぐしゃになってて。母にこっぴどく怒られました。初めてのおつかいでそんなものを頼む母も母なんですけど」 「お母さんは元気?」 「ええ」  おばさんがさぎみやはるこの話題を持ち出してきたとき、一瞬ひやりとしたが、亨の顔色は変わらなかった。 「お母さんもあなたのためを思ってやったことだと思うのよ。だからあまり、悪く言わないであげてね」 「だいぶ大袈裟に報道されちゃいましたからね。母対息子、って構図は分かりやすいから。僕自身は、母のことを恨んだりはしていませんから」 「何だかどんどん遠くに行っちゃいそうで怖かったのよ。ひとつ悪いことが見つかると、そのひとの全部悪い、みたいになっちゃうけど、人間、そんな単純なものじゃないでしょうに。店の前にあった崩れかけのブロック塀、直してくれたのはお母さんなのよ。コミュニティバスを通してくれたり。前のひとは何もやってくれなかった。そういうこと、外野は何も知らないものね」  頑張って、応援してるから、と見送られる。  亨が街のひとから愛されている、と思うと、誇らしい気持ちになる。そんな亨の傍に、ずっとずっといたいと思う。

ともだちにシェアしよう!