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第126話

「馬鹿みたい。うるさいだけ。必死に訴えるのは選挙前だけ。自己満足。どうせできないくせに。きれいごとばっかり……そんな風に思われているんでしょうね。私もそう思っていました。まともに聞いてくれるひとなんて誰もいないのに、唾を飛ばしながらまくし立てて……母は一体何が楽しくてやっているのだろうと。でも自分でマイクを握るようになって、ようやく分かりました。政治家は口ばっかり、と言いますけど、口ですら言えないことは実現しっこないんですよ。理想でも何でも口にすれば、十分の一でも、百分の一でも、実現するかもしれない。そうやって自分を鼓舞しているんです」  初めてだった。たぶん。亨がこんな風に熱く語るのは。  夕焼けに照らされて、前髪がきらきらと黄金色に輝いている。 「そうすると不思議と、きれいごとでも、選挙対策でも何でもなく、本当にできるような気がしてくるんです。行き交うひと、ひとりひとりをじっと見てると、無視されても、舌打ちされても、目を合わせてもらえなくても、不思議と、ひとりひとりの人生が見えてきて、愛おしくなるんです。自分にも何かできることがあるんじゃないか、何かしなければ、と、思えてくる。演説を終えてすごすご片付けをするひとを見ると前は、さぞ惨めな気持ちなんだろうな、と思っていたんですよ。それか、怒鳴られても笑われても平気、という、図太い神経の持ち主なんだろうと。でも、やってみて分かったんです。惨めにも、ひらきなおった気持ちにもならなかった。本当に心から訴えたいことがあると、何も揺らがないんだと」  ぽろり、と、亨の囓りかけのコロッケが、地面に落ちた。 「あっ」 「あー、何やってんだよ」  もたつく亨に、とりあえず残りを先に食べるように促し、朱莉がティッシュでくるみながら拾い上げる。ポイ捨てになっちゃいけない。イメージが大事だ。誰に見られているか分からない。ふと見ると亨のほっぺたにコロッケの衣がついていたので、ついでにそれも撮ってやる。  こんなに近くにいるのに。  こんなに近くにいるひとが、手の届かない存在になってしまうかもしれない……  そんな予感がして、不意に胸が締めつけられる。  でも、それでもいい、と思う。  亨の背中をいつまでも押し続けていたい。背中しか見られなくてもいい。やがてその背中に自分の手が届かなくなってもいい。亨は自分の誇りだ。そんな亨を好きになった自分のことも、誇りに思える。

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