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第132話

「商店街の皆さまにご挨拶を伺っております。市議会議員候補の鷺宮、鷺宮享でございます……」  鷺宮享、と書かれた旗を掲げ、スタッフと商店街を練り歩く。朱莉は最後尾につき、ひたすら頭を下げて回る。  お願いの握手、と享は言っていたが、求められていることも多かった。顔なじみのひとや、さぎみやはるこ時代からの付き合いのひとはもちろん、若いひとの姿も多い。幅広い層に受け入れられているんだと初めは嬉しかったが、次第に何か違うぞ、と、思い始めた。キャーキャー言いながら享に寄ってくる子たちのテンションは、それこそアイドルに対するものと似ている。そもそも選挙権がないだろう、というような年代の子が、無遠慮にスマホのカメラを向けている。  普段は地方ニュースでもあまり取り上げられることのない補欠選挙だが、今回は取材の数も多いと聞く。あのさぎみやはるこの息子が出馬する、ということに加え、その息子が若いイケメンだった、というのが大きいんだろう。政策のことなんて話題にちっとも上らない。芸能人のファッションチェックみたいな記事をネットで見て、しかもそれにたくさんのいいねがついているのを見て、今まで政治のせの字も分からなかった癖に、この国の未来を案じてしまった。享の支持者が増えるのは喜ばしいが、顔で議員を選ぶなよ。  しかし享がイケメンとは。そうか、イケメンだったのか。  さぎみやはることの対比でそう見えているだけじゃないのか。  そういえば顔のことを意識したことは今までなかった。セフレを漁っていたときは、顔とか身長とか体格とかで、かなり残酷に選り好んでいたというのに。  パシャ、と、近くでシャッターが鳴って、享ではなく、自分が撮られているのが分かった。公にはしていないが、朱莉がつがい、ということは、すでにネット上では広まっていた。怖くてエゴサはしていない。

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