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第137話
暴言男に向かって言い返していただけだったのに、気づけば皆に向かって訴えていた。どっと沸き起こる感じではなかったが、自然と拍手が聞こえてきた。大きくはなかったが、ずっと長く、続いていた。最後の最後まで拍手していたのは亨だった。もうやめろ、と手で合図したが、伝わっていないようだった。
「そりゃお前がつがいだから言えるんだろ。いいよなオメガは。アルファとつがいになれば優遇されまくりだもんな。都合の悪いことは揉み消してもらって、しれっとつがいの座におさまってるけどさあ。知ってる奴は知ってるからな。あんたが昔やりまくって、子どもを堕ろしまくってた、ってことも!」
また、嫌なざわめきが広がった。「何々、一体どういうこと?」と詰め寄られる。
見かねたスタッフが前に出て、車に戻るように促されたが、縫いつけられたように足が動かない。
どうして彼がそのことを知っているんだろう。いや、それより、どうして今まで気づかなかったんだろう。自分の過去が、享の足を引っ張る可能性がある、ということを。享をさぎみやはるこの二の舞にさせてしまう地雷を、他でもない、自分が持っているということを。
「どーせ次から次へとアルファを乗り換えてたんだろ。だから子どもが邪魔になったんだろ。オメガの子育て支援だ何だって言うけど、オメガの貞操観念が緩いのがそもそもの原因じゃねーか!」
「本当に打算的なオメガなら、私のようなアルファに乗り換えないと思いますけどね。そもそも初めは、アルファだってことすら疑われてたくらいですから」
再び亨が静かに語り出し、皆の視線がそちらに集中する。
「私たちは、いたらない者同士なんですよ。いろんな失敗をしてきました。だからこそ、分かることがあります。だからこそ、そういうひとたちが再生できる社会にしていきたいと思っています」
反論の声は上がらなかった。
またおもむろに、拍手が沸き起こる。あたたかな拍手だった。
こんなときこそ一番力強く拍手をしなければならなかったのに、足の力が抜けて、その場にへたりこんでしまった。
うずくまりながら、亨を押し上げてくれるような拍手をずっと、聞いていた。
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