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第144話

 結果が分かるまで候補者が事務所にいても周囲が気を遣うだけなので、亨は一旦家に戻ったが、朱莉は選挙に行ったその足で、事務所に向かった。既にスタッフが地元党員に、「選挙に行かれましたか」と確認の電話を入れ始めていて、朱莉もその手伝いをした。  机を運び、レイアウトを変え、パイプ椅子を並べて、マスコミや後援者を受け入れる準備を整える。 「当選と落選のときの差は激しいからね」と、手伝いに来てくれた県議の奥さんが、ぽつりと漏らした。「皆一気に、サーッていなくなっちゃうの。まあ鷺宮先生は地盤も強いし、そんなことはないと思うけれど」  あらためてぞっとする。  時刻は夕方の五時。投票が締め切られるまで、まだあと三時間もある。早く結果を知りたい、という思いと、まだ、もっと先延ばしにしてほしいという思いがないまぜになり、おもむろに自分ひとりでは抱えきれなくなって、「うわあっ」と叫び出したくなる。でも今一番緊張しているのは、きっと亨の方なのだ。  並べられたパイプ椅子を見渡しながら、バンザイをするひとで埋めつくされてほしいと切望する。バンザイの中心にいる亨を見たい。花束を受け取る亨を。ダルマの目入れをするところを。  神様、神様、選挙に神様がいるのだとしたら選挙の神様。どうか亨を勝たせてください。お願いします、お願いします。  だって亨が一番、議員になるのに相応しいんです。亨だったらきっとこの街をよくしてくれます。亨が一番、頑張ってきたんです。頑張って頑張って、報われないことも多い人生だけど、ひとつくらい報われることがあったっていいじゃないですか。もうこれ以上、「人生なんてそんなもの」って諦めたくないんです。  俺のせいで。  俺のせいで、諦めなくていいものも、亨は諦めざるを得なかった。だからどうか。どうかひとつくらい。報いてください。まだ何もできちゃいないから。せめてスタートラインに立たせてください。  パイプ椅子の背もたれをぎゅっと握りしめ、しばらくその場から動けなかった。 「やだ何、感極まってるの?」と、スタッフのおばさんに見つかってしまい、恥ずかしくなる。

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