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第5話

「倖陽!」  名を呼べば倖陽が小さな手を楓に伸ばしてくる。楓は倖陽をしっかりと抱いてあやすようにゆらゆらと揺れた。ノンフレームの眼鏡越しに見える切れ長の瞳は常であれば冷たい印象さえ与えるが、今は生まれたばかりの我が子の泣き声に零れそうなほど涙を浮かべている。 「倖陽、倖陽、ここにいるから、泣き止んで……」  優しくあやす楓に寄り添う形で朔眞も倖陽の手をやんわりと握る。大好きな両親に囲まれていることに安堵したのか、ふぇ……、としゃくりあげるだけになり、しばらくすると完全に泣き止んで大きなあくびを零した。  倖陽が泣き止んだことにホッとして、楓や朔眞の肩から力が抜ける。ウトウトとしている倖陽に笑みを浮かべた瞬間、氷柱のように冷たく鋭い声が楓を呼んだ。見れば眉間に皺を寄せた元老院たちが壁のように並んで立っており、一様に楓を冷たい視線で射貫いている。 「大公妃様、大公妃様は婚礼の儀以外では国民の前には出ないのが習わし。幾度もご説明申し上げましたのに扉が閉まる前に出てこられるなど、いったいどういうおつもりか。今少しご自身が大公妃であるという自覚をお持ちいただかねば――」  流石に倖陽に気遣ってか小声ではあるものの、クドクドと元老院たちはいつ終わるとも知れないお小言を言い続けた。倖陽が泣き止んで落ち着いてきた楓は正論ゆえに言い返すこともできず、俯くしかない。きっとこの後元老院によって撮られたかもしれない写真などを削除するよう各報道陣に申し入れ、記事もチェックするのだろう。その仕事を増やしてしまったとあっては申し訳なさが募った。しかしそんな楓の腰をしっかりと抱き寄せて元老院のお小言を止めたのは朔眞だった。 「我が子があれほど泣いていれば、早く側に行きたいと思うのは親としての本能だ。そう責めてやるな。記事の確認や写真の削除要請には私も手伝うし、私もこの子も気を付けるようにする」 「申し訳ございません……」  朔眞の言葉に続けて楓も頭を下げた。元老院たちは未だ納得はしていない様子であったが、それでも朔眞の手前強く出ることはできないのかそれ以上何かを言うことはなかった。そんな様子を悠や鹿音、鹿胤は苦笑して見守る。  本人たちの性格にもよるのだろうが、我が子が泣いていれば出雲大公妃である紅羽も駿河大公妃である雪月花も必死になってあやし、泣き止ませようとする。いくら信頼している側近に預けたとあっても自分の目の届く範囲にいなければ僅かも落ち着くことができない。それは親として仕方のない行動だ。特に産まれたばかりで一人では寝返りもうてない幼子相手ではそれが顕著に表れる。元老院たちの苦言もわかるが、多くのことを見聞きしてきた側近たちには楓や朔眞の行動もまた理解できた。 「さぁ、そろそろ大公邸に戻りましょう。大公も大公妃もお疲れでしょうし、倖陽様もここには慣れぬご様子ですから」  悠が促せば、車を裏に回してくると鹿音が踵を返す。すっかり泣き止んだ倖陽を抱きながら楓は朔眞と共に裏へ向かった。  外では志摩大公一家を写真に収めることはできないかと、別館を囲むようにして報道陣が詰めかけている。しかし元老院が配置した警備員によって端へ寄せられ、彼らの間をスモークガラスで中が見えないようにされている車が数台走り去った。それを追うようにフラッシュがたかれる。大公という存在はそれほどに注目され、この世に影響を与える存在なのだと、楓は車の中からその様子を眺めていた。チャイルドシートに寝かされている倖陽を見る。この子もまた、朔眞の子である以上、この世を否応なしに左右してしまう存在なのだ。それを再確認させられた気分だった。

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