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第7話

「おはようございます志摩大公妃」 「おはよう、朝から災難だったな」  そこにはすでに出雲大公妃である紅羽と、駿河大公妃である雪月花がソファーに座っていた。雪月花の腕の中には一歳になった男の子――明月(めいげつ)がスヤスヤと眠っており、紅羽の第三子である深房(みふさ)は奥のスペースで紅羽付きの側近である陸奥(むつ)と遊んでいた。 「おはようございます。朝からすみません……」  赤子の泣き声は甲高い。未だ泣き続ける倖陽に楓はヘニャリと眉尻を下げて頭を下げた。しかし二人共子供を持つ身であり、泣き声などを煩いと感じることもない。気にしないように言って、楓に座るよう促した。  今日はぐっすりと眠っていた倖陽であるため、起きぬけにビックリしたことも勿論あるのだろうが、きっとお腹が空いているのだろう。楓はソファーに座ると鹿胤が差し出してくれたケープを付けて倖陽を抱きなおした。クリクリとした瞳や頬を涙で濡れさせながらも必死に吸い付く倖陽を静かに見つめる。さほど見た目も変わっていないほど膨らみのない胸であるのに、倖陽の腹を満たしてなお有り余る乳はいったいどこから湧き出ているのだろうと不思議で仕方がない。 「まぁ、お披露目の後はいつもこんなんだ。明月も号泣してたし、恒例行事だな」  泣き止ませるのが大変だったと苦笑する雪月花に楓も同じように苦笑する。確かに明月の時もオメガたちに驚き、カーテンの奥に移動してもしばらくは泣き止まなかったのを思い出した。  同じ経験をすでに三度済ませている紅羽などはもう悟りの境地だ。 「こればかりは仕方がないですね。あちらも必ず祝いを述べるように重鎮から言われているのでしょう。もちろん、純粋に祝ってくださるお心もあると思いますが」  この国を統べる大公。その地位はめったなことでは揺らがない。そんな大公が一番心動かされる存在が運命の番である大公妃だ。当然例外というものは存在し、歴代大公の中には愛人を持つ者も幾人か存在したが、当代の大公は三人とも愛妻家で己の番をこよなく愛している。重鎮たちの出世や地位安泰のためにオメガたちが躍起になって大公を動かせる大公妃に隙あらば近付こうとするのは致し方がないことだと言えた。 「ま、今日が終わればまた静かになるだろう。志摩大公妃は何も気にせずゆっくり休んでいたらいい。今は無理をしてはいけない時なんだから」  幸いにも倖陽は楓が側にいれば鹿音や鹿胤が相手をしていても機嫌よくしていてくれる。頼れるところは頼って、身体を第一にと言ってくれる雪月花には感謝でいっぱいだ。少々ぶっきらぼうではあるが、真剣に思ってくれているのが楓にもわかる。彼を溺愛している駿河大公こと葎(りつ)に言わせれば〝とっても可愛いツンデレ〟だ。そして彼は男性のオメガであることもあり、楓はどこか雪月花に親近感を覚えていた。ちなみに女性である紅羽は楓にとってお姉さんのような存在である。 「そうですね。ただ少し面倒、と言いますか……、少々気を遣うことがあるようですから、その時はご無理なさらずに奥のベッドルームで休んでいてくださいね」  紅羽の言葉に雪月花と楓が同時に振り返った。大公の中でも大公妃の中でも出雲夫婦が最年長であるため、サロンのことに関しては紅羽に伝えられ、紅羽から楓たちに伝えられることが多い。温和な彼女が〝面倒〟という案件とはいったい何なのかと、楓や雪月花は無意識のうちに身構えた。そんな様子が手に取るようにわかるのか、紅羽は苦笑している。

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