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第10話
国を動かす立場としていた仕方がない時はあるが、それでも大公や重鎮たちは定時に帰るように心がけている。この日も予定の時刻ピッタリにサロンの扉が開かれ、ゾロゾロとアルファたちが己の番や愛人を迎えに来た。朔眞たち大公も奥のスペースへと真っすぐに向かう。そっとカーテンを開ければ、ちょうど帰り支度をしていた楓たちが振り返った。
「ただいま」
朔眞は足早に楓の側に寄ってそっと触れるだけの口づけをする。また人前で、と顔を真っ赤にする楓であったが、朔眞は誰も見ていないとほほ笑むばかりだ。その言葉の通りに、葎や遠夜(とおや)も雪月花や紅羽に口づけ抱きしめているので楓のことも朔眞のことも四人の視界には入っていないのだろう。それでも恥ずかしいものは恥ずかしいのだが。
「お、かえりなさい」
少し詰まりながらも楓が言えば、朔眞は嬉しそうに微笑む。そしてまるで映画に出てくる紳士のように洗練された動きで楓の腕をとって立ち上がらせ、パパが来たと嬉しそうに手足をバタバタさせている倖陽を抱き上げた。授乳やあやす為に日中倖陽を抱き上げている楓の負担を減らす目的と、どうしても触れ合う時間が少ない我が子を抱く目的で、仕事が終われば倖陽を抱きあやすのは朔眞の役目となっている。パパに抱かれて倖陽もご機嫌だ。
「さぁ、帰ろう」
優しく促す声に楓が朔眞の側に寄る。倖陽の荷物は鹿胤が持ってくれた。それぞれ帰り支度をしている紅羽と雪月花に挨拶をして、楓は朔眞と共に歩き出した。
倖陽がお腹の中にいるとわかってから朔眞はあらゆる育児書を読み、練習などもしていたおかげか、さすがにすべてがというわけではないがおむつ変えなどは手際がいい。大公邸に戻ってお腹いっぱい母乳を飲んだ倖陽をあやし、眠るまであー、うーと一生懸命お話しているそれにニコニコと笑みを浮かべながら相手をし、ぐっすりと眠った倖陽を起こさずにベビーベッドに横にさせるのはお手の物だ。おかげで楓もゆっくりとする時間が持てる。
今日もベビーベッドに倖陽を寝かせた朔眞が隣にいた楓を伴って奥にある寝室へと向かう。倖陽が産まれてからは揺り籠ではなく、倖陽の部屋とつづきになっている朔眞の寝室を使っていた。
「ずっと何か聞きたそうな顔をしているけど、何かあった?」
ベッドに腰かけた楓の肩を抱いて引き寄せながら、朔眞は促すようにその頬を撫でる。気持ちの良いそれに瞼を閉じながら、楓は肩の力を抜いて朔眞に身体を預けた。
「出雲大公妃から、冷泉家と北大路家の番候補がサロンにいらっしゃると聞きました。両家はあまり仲が良くないと聞きましたし、良家のオメガとなると……平々凡々な私には気が重いといいますか……。あまり関わらなくてよいとは、聞いているのですが」
それでも同じサロン内にいるのだ。全く顔を合わせないということは不可能であるし、もしもサロンで何かあれば大公妃として対処はしなければならないだろう。大公妃は三人いるため、楓一人で背負う必要がないだけまだマシであるが、紅羽に頼りっぱなしになるのも申し訳ない。
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