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第56話

 オメガになってから、俺は自分の進路をもう一度考え直した。  今までは当たり前のように親父の後を継ぐつもりだったが、それをしたいというよりは、ここまで立派に育ててくれた親父に、恩返しをするための意味合いが強かった。  親父と通彦さんと何度も話し合いを繰り返した結果、俺は卒業後、親父の会社には就職しないことにした。 「お前には好きな分野に進んでほしい」  親父にそう言われて、俺は悩んだ。  親父の会社に就職するのは嫌ではなかったが、やりたいという積極的な意思はなかった。 「好きなことかあ」  話し合いの後、久々に通彦さんと親父と三人で実家で夕飯を食べることになった。  俺は、将来について色々と考えながら料理を始めた。  昔から料理をしていると、頭の中の霧が段々晴れていくようなすっきりとした気持ちになる。  今夜のメニューはトマトとベーコンのパスタ。それにサラダとオリーブの入ったフォカッチャを付けた。 「本当に和希の料理は全部美味しいな」  焼きたてのフォカッチャを齧り、通彦さんが目を閉じた。 「同じレシピで作っても、和希が作る方が美味しいんだよ。私だとどう頑張ってもこんな味はだせない」  俺は親父に微笑んだ。 「そう言ってもらえると嬉しい」 「和希が店をだしたら、俺は毎日通うぞ」  俺は通彦さんの軽口に声をたてて笑った。  ふいに黙り込んだ俺を親父が不思議そうに見る。 「どうした、和希」 「俺……やってみようかな。料理」  二人が目を見開いた。 「別に店をだすとか、そんな具体的なこと考えたわけじゃないんだ。でも俺、料理も、それを食べてくれる人の笑顔も好きだし、そういうのに一生携わっていけたら、割と幸せだと思う」  俺は二人の顔色を窺うように目線をさ迷わせた。 「そんな単純な動機で将来の進路決めるのってまずいかな?」  親父が慌てて首を振った。 「そんなことはない。和希の料理は本当に美味しいし、いいと思うよ」  親父がにこりと笑った。

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