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第57話
「何より、好きだという気持ちを私は大切にしてほしい」
「親父」
「和希の夢が叶いますように」
通彦さんがワイングラスを掲げた。
三人で笑顔で乾杯をした。
俺の将来進むべき道がおぼろげながら見えた夜だった。
色々調べて、俺は大学卒業と同時に、製菓の専門学校に改めて入学することにした。
調理師学校も考えたが、自分が食べていて一番幸福になれるのがスイーツだからという単純な理由で結局製菓にした。
唯人は自分への相談なく進路を決めたこと、通彦さんの言葉が俺の進路決定に多大な影響を及ぼしたことに納得いかないようで、何度も卒業後は即刻自分と籍を入れて、俺に専業主夫になるよう迫った。
しかし俺はその提案を断固として拒否した。
お互い収入もない状態で籍を入れるのは嫌だから、そういうことを考えるのは早くても俺が就職してからにしようというと、唯人はそんな先になるのは嫌だと言った。
話し合いは平行線だったが、最終的には唯人が折れた。
せめて同棲はしたい。和希のヒートの時の対策にもなるし。と唯人に言われたが、俺はそれももう少し様子を見てからにしようと却下した。
正直唯人と一緒に暮らしたら、毎日体を求められそうで、疲れそうで嫌だった。
唯人はそんな俺に「愛を感じない」と暗い雰囲気を纏い、こぼした。
こうやって当たり前にセックスをして、唯人が好きだといったら、10回に1度は「俺も」と返すようにはしている。
唯人のことは好きだし、男としても相当かっこいいとは思う。
ただ本気で愛しているかとか、一生を添い遂げたいかと聞かれたら、俺はまだそこまでの覚悟はなかった。
明日から俺は専門学生。唯人はもう少ししたら父親の経営する子会社の部長として就職する予定だった。
新卒でいきなりの役員待遇に俺は驚いたが、唯人は動じていなかった。
「まあ、俺、できちまうからな」
唯人ならその偉そうな発言も説得力がある。
確かに能力の高い唯人ならいつも通り、難なく社長業をこなしそうだった。
俺は隣で眠る唯人の頭を撫で、ティッシュを鼻からとってやった。
「お互い頑張ろうな」
そう言うと無意識の唯人が大きな体を俺に擦り寄せてきた。
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